米軍はいかにして日本兵を投降させたか〜その周到すぎる心理作戦

【特別公開】一ノ瀬俊也=著『日本軍と日本兵』2
一ノ瀬 俊也 プロフィール

これに似た日本兵捕虜の発言は、1942年ソロモン諸島で日本軍と戦った海兵隊員の話にも出てくる。

IB1942年11月号「ソロモン諸島作戦」によると、ある米海兵隊将校は「〔日本兵〕捕虜はみなアメリカに捕まったら殺されると思っていたと述べた。しかし上官にそう警告されたわけではなかった」と語ったという。

日本兵捕虜たちが「全員が降伏という不名誉のため、絶対に日本に帰ることはできないと主張した」ことからみて、すくなくとも1942~43年ごろの日本軍将兵が降伏を拒否したのは、プロパガンダによる虐待への恐怖心よりもむしろ、自分や家族が被るであろう社会的迫害へのそれが主たる理由だったのではないだろうか。

日本軍の士気─亀裂拡がる

1945年秋に日本本土上陸を控えた米軍は、IB1945年9月号に「日本軍の士気──亀裂拡がる」と題し、日本軍将兵の士気状態とその変化に関する詳細な分析記事を掲載した。これは米軍が戦争を通じて蓄積してきた対日心理戦研究のエッセンスであり、その水準を知るうえでも非常に重要と思われる。

この記事はまず、「戦争初期のころ、生きて捕まる日本兵はまれで、戦死者100人に1人の割合であった」が「沖縄、フィリピン作戦の後半では死者10人に1人の割合で捕虜になっている」こと、「自発的に投降して無傷で捕まる兵、将校(隊長の者もいる)の割合も増加している」ことを強調している。これは何も人道精神の発露などではなく、「日本兵を最後の1人まで根絶やしにする必要がなければ、それだけ米兵の命も助かるのでよい傾向といえる」からに過ぎない。

確かに日本兵たちは「捕虜になる不名誉と、それが本人や家族に及ぼす結果を怖れている。さらに、敵手に落ちれば虐殺されると宣伝されている」が、心理作戦を適切に行えば彼らの士気を低下させ、投降させることも可能である。

では、実際の心理作戦ではどこにつけいるのか。

日本兵は「他国の兵と同じように、自軍の上官に対して疑いを持つ。多くの体罰を受けているし、上官が兵よりたくさんの食べ物、酒、女性を得たり、兵が戦っているのに上官は後退を命じられる(しばしば起こる)のを見れば差別されていると感じている」し、上官の方も「〔部下への〕指導力を失うと断固たる行動も、変化する状況に自分を合わせることも難しくなると感じている」。だから、そこを衝いて両者を分断すればよい。

また、日本兵は「ホームシックにかかり、家族を心配している。彼は精神の高揚を保つ手紙をほとんど受けとっていないし、この数か月間、自らは体験していなくとも、周囲の者から日本本土への猛爆撃の悲惨さについて聞かされている」から、そこへつけ込むことでも士気を低下させられる。

では、いかなる具体的手法で日本兵の思考を変えさせてゆけばよいとされたのか。

まず第一に、それまでの人生における思考習慣を変えさせること。日本兵の士気に亀裂を入れるため、米軍(記事では連合軍)はこれまで次の「くさび」を入れてきたという。

くさび1 直属の隊長および上位の指揮官の能力に対する疑いを持たせる。

くさび2 個人に死を要求する、最高軍事指導者の究極的目標の価値に疑いを持たせる。

くさび3 日本の戦勝能力について疑いを持たせる。日本は同盟国がみな敗北し、アジアの人々には離反され孤立している。さらに、連合軍の戦略、物量、精神上の優勢に直面している。

くさび4 戦死の意味に疑いを持たせる。日本兵にとって、無駄死によりも生きて新日本を再建し、大和民族を維持することのほうが尊い〔はずだ〕。

さらに、日本兵の恐怖を取り除くため二つの攻略法がとられてきた。

まず「米軍に捕まったら虐待される」という恐怖を取り除くために、「捕虜はよい待遇──適切な食事、衣服、煙草など──を米兵の手より受けられる」と教えること。

次に、将来の不名誉への恐怖を取り除くために、「お前はこの戦争を幸福にも免れた数千人の一人に過ぎない」と教えること。多くの捕虜は自分だけが捕虜になったと思い込んでいるのでこれを否定し、「アメリカの勝利は明白なので戦争が終わったら家に帰って家族と普通の社会生活を営める」と保証してやるのである。

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