人口減少時代でも価値が落ちない不動産の条件は?

【物件選びの知恵015】
田中 歩

江戸時代は大名屋敷だった現在の高級住宅街

この路線界隈を、江戸時代に戻ってみてみよう。

現在の赤坂から渋谷に向かっている道が青山通りだ。この道は都内の高台(台地)の上にあり、江戸時代には大名などのお屋敷があった場所だ。

例えば、赤坂東宮御所(上記地図右上あたり)は、紀伊中納言のお屋敷だったところだし、その南側は青山備前守のお屋敷があった。 また、この通りの界隈には、青山下野守、松平浅野安芸守、松平浅野近江守、稲葉長門守などのお屋敷もあった場所だ。ちなみに松平左京大夫のお屋敷は現在の青山学院大学になっている。

青山一丁目から赤羽橋にかけての路線は、現在の外苑西通りあるいは外苑東通り界隈となる。

青山一丁目から青山墓地を経て南下すると、現在の西麻布交差点界隈に到達する。この界隈は阿部播磨守のお屋敷があった場所だ。

ここから少し東に行けば毛利左京亮元周(現在の六本木ヒルズ界隈)、南に行けば、堀田相模守(現在の広尾界隈(日赤病院や聖心女子大学付近))などのお屋敷があった。これらももちろん台地の上にある。

さらに南へ進むと、現在の明治通り(渋谷川・古川沿い)あたりにたどりつく。その両岸側の台地にも名だたる大名や旗本などのお屋敷があった。

北側は南麻布の高台で、南部美濃守(現在の有栖川公園)、松平伊達陸奥守(現在の韓国大使館界隈)などがあった場所だ。

南側は白金の高台だ。白金高輪駅の南側には、細川越中守、松平蜂須賀阿波守(現在の白金台駅北側界隈)などがあった。