15年連続「輸入車ブランド別販売台数No.1」フォルクスワーゲン、強さのヒミツ

フォルクスワーゲングループジャパン庄司茂社長に聞く
週刊現代 プロフィール
速い! '97年3月に軽井沢で行われた「商社スキー大会」での勇姿。庄司氏はこの時、30代半ば

水の如し

経営者としては、臆病です。新卒で商社に勤め、31歳の時、ハンガリーで自動車を販売する社員35人の企業の社長になりました。そこで学んだのは「ほうれんそう(報告・連絡・相談)は社会人の基本だが、管理職が自分で聞きに行かなければ絶対なされない」ということ。

国を問わず、よくない話や「辞めたい」といった話は、水のように下にしか流れず、とりに行かなければ汲み取れない。

当時はベルリンの壁が崩れたばかりで新興企業が勃興しており、人材が育ってもすぐ引き抜かれてしまう。私は辞められるのが怖く、毎日「カゼは治った?」などと従業員と話すことが仕事でした。臆病にもなりますよ。経営者は何が起きても自分の責任。イベントの日に台風が来て、売り上げが伸びなくとも自分のせいですから(笑)。

脱ぎ捨てる

商社では、日本車の販売や部品調達などを担当し、多くの国で仕事しました。印象的なことも多かったですよ。

ロシアでは、お互いが合意を求めて会ったのに、条件を詰めきれずにいたら、「1年後にもう一度交渉しようか」と言われたことがありました。相手は「あなたの事情もわかったが、私にも事情がある。でも、1年経てば状況が変わっているかもしれない」と言う。いわば「合意できないことを合意した」ようなものでしたが、私は逆に、日本のビジネスは何でもすぐ解決しようとしすぎなのかな、と新たな視点を得ました。

あとで、昔の彼女に服を捨てられたことを思い出しました。彼女は「何でこんなダサい服ばかり!?」と、私の留守中に、服を全部捨ててしまったんです。でも、これを機に、服のセンスを変えることができ、今は「悪くなかったな」と思っています。実を言うと、これが私なりのダイバーシティで、人と付き合うには、自分の常識や感覚を一度捨てる必要があるのかな、とも思うのです。