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カンヌライオンズ2015レポート【3】
石井 うさぎ

「最も耐えられない」ラジオCM

インターネットラジオが出現したのは1990年代後半だとされているが、これまでは、ネットラジオの広告で高く評価されるものはさほど多く現れていなかった。

それが今年、カンヌの「ラジオ」部門でグランプリを受賞したのは、ネットラジオのCMだった。ドイツの音声ファイル共有クラウドサービス「サウンド・クラウド」が展開した「音でできたベルリンの壁 最も耐えられないラジオCM」(The Berlin Wall of Sound: the most unbearable radio spot ever)だ。

これはサウンド・クラウドの自社広告で、「ベルリンの壁」の崩壊から25年経ったのを機に、冷戦構造の中で世界が東西に分断し無数の悲劇が起こっていた時代があったことを忘れてはならない、と訴える内容だ。

同社の本社があるのは、まさにかつてのベルリンの壁の「死の地帯」(death strip)と呼ばれた場所。そこには、東ドイツ国民が壁を越えて西ベルリンに亡命するのを防ぐための見張り塔があり、逃亡者を見つけると警備兵が機関銃で容赦なく射殺していたという。

CMは、音声だけでなく、視覚にも訴えることのできるネットラジオの特性を見事に生かしたものだ。最初から最後まで、非常に低い周波の、重苦しく響くサウンドがずっと続き、同時にその音の波形がグラフィックで視覚的に示され、それはまさに同じ高さで延々と続く壁の形をしている。

そしてときどき、東ドイツの警備兵が逃亡者に発砲する銃声や、上空から監視するヘリコプターの音、走った後の逃亡者の激しい呼吸音、東ドイツの政治家の「国境を守らぬ者どもは銃弾を受けることになるだろう」というスピーチの音声などが交じり、その部分の波形はぴょんと跳ね上がって、見張り塔の形になる。射殺された犠牲者たちのポートレート写真や文字データも示される。

Sound Cloud “The Berlin Wall of Sound”

このCMの長さは7分32秒。これは、全長155㎞あったベルリンの壁を音速で端から端まで移動したときにかかる時間だという。制作者たちは「このようなCMを作ったのは、ベルリンの壁を忘れないためだけではなく、当時の感情をよみがえらせるためでもある」「不快感と閉所恐怖症を催させるような音を使って、目に見える記念碑を作ろうと思った」などと意図を語っている。

「未来を語るだけではなく、過去にもきちんと目を向けなければならない」というメッセージの素晴らしさに加えて、ラジオというメディアの可能性を大きく広げる作品でもあった。

ラジオ広告という分野は古いイメージを持たれがちだが、インターネットラジオの進化で「今後のラジオ部門は『ラジオ&マルチプラットフォーム・オーディオ部門』として大きく進化する可能性がある」(審査員の一人)のかもしれない。