コンピュータに「面白い小説」は書けるか? 「機械派」作家と「魂派」作家が白熱討論!

人間はいったい何に感動しているのだろう
海猫沢めろん, 今村友紀

漫画や映画の手法

今村 「クランチノベルス新人賞」の最初の本『青春ロボット』が6月に出ました。実は私の小説も今、この仕組みを利用して、脚本家とチームを組んで2人で作っています。

キャラクター設定を私が決めて、論理的なつじつまがあっているかどうか、メソッドに沿っているかどうかをもう1人にチェックしてもらう。どういうターゲットの人にどう読んでもらいたいかを明確にして、そこからキャラクターを作り、プロットを確定してから、本文を書くというやりかたです。

海猫沢 漫画の作り方に近いですね。ハリウッド映画では、ずっと以前からこういうやり方を取り入れている。

今村 はい。一般的に言って、そこに何かしらパターンがあれば定式化でき、プログラムで置き換えられます。映画ではすでにそれが産業として出来上がってきている。でも小説では通用しないという意見がある。むしろなぜ小説だけは別とされるのか、不思議です。

読者は「魂」求める

海猫沢 人間は機械が作ったものを芸術とは認めないという研究結果があるんです。「AI効果」というそうです。

たとえば音楽界では1980年代にすでに自動作曲ソフトができている。でもある作曲家が、自分の発表した曲でこれを使ったと明かしたとたんに評価ががた落ちになった。それまでは絶賛されていたのに。

今村さんも、超傑作ができたとしても機械の指示で書いたと言った瞬間、反響が変わる可能性がある。どういうことかというと、読者は作家の謎の魂を求めているわけです。分からないということが「魂」だと感じる。

今村 たしかに論理的に考えても届かなさそうな何かがあると思う時に「魂がある」と表現したりしますね。

海猫沢 書く側というより読み手の問題ですね。たぶん小説や芸術で多くの人が求めるのは共感なんです。でも共感は、人間の行動だと感じた時に起きる。機械だからこそ壁がある気がします。