両親が明かした芥川賞芸人「又吉直樹」という男

泣いて、笑える!貧乏だった少年時代、恥ずかしがり屋だけどお調子者
週刊現代 プロフィール

「北陽を選んだのは、中学時代のサッカー部の顧問の先生に勧められたからです。先生が、『直樹君は高校でレギュラーになれるかは分かりません。でも、彼なら補欠であっても3年間やめずにサッカーを続ける確信があります』とおっしゃっていたことは、今でもよく覚えています。たしかに直樹は我慢強い子でしたから」(みよ子さん)

北陽高校サッカー部の元監督・野々村征武氏が、当時の又吉を語る。

「新入部員は70~80名いて、途中で何人もの部員が脱落していく中、又吉は3年間頑張りました。体は華奢だが、足が速くて持久力もある。2年からトップチームに入り、3年時にはスタメンで、副キャプテンも務め、インターハイにも出場しました」

だが野々村氏は、又吉にはサッカーのほかにもう一つ大切なものがあることを、ちゃんと知っていた。

「とにかくよく本を読んでいました。他にも本を読む子はいましたが、彼は特別。遠征のバス移動で他の子が眠っているときも、宿についてからも、時間があれば読んでいた。一度『練習道具、ちゃんと持ってきてるんか。本だけちゃうやろな』と言ったこともあります」(野々村氏)

家では見せなかった文学少年・又吉の顔だった。

父から息子への忠告

中学、高校時代から、普段は目立たなくても、文化祭では漫才の舞台に立った。過剰な自意識を解放する快感—。又吉がお笑いの道に進むと明かしたとき、両親はどんな反応をしたのか。みよ子さんが語る。

「高校卒業後、芸人になりたいと言われた時は、驚きましたが反対はしませんでした。かつて顧問の先生が太鼓判を押したように、『直樹ならどんなことがあってもやり続けるだろう』という確信がありましたから。

もちろん現実は厳しくて、芸人を志して10年以上売れなかった。心配してあの子に問うと『テレビに出るだけが芸人じゃない。舞台だけの芸人や営業専門の芸人もいる。俺は何としてでも芸人としてやっていく』という返事でした。

夫は『芸人なんかやめさせて、こっちへ呼び戻せ』と言っていましたが、そういうネガティブな話は一切、直樹には伝えませんでした」

みよ子さんに改めて『火花』を読んだ感想を聞いた。

「最初は分からなかったんだけど、3回目を読んだところで、ふと直樹が言った言葉を思い出したんです。あれは芸人になって3年目のことでした。『芸人になっていなかったら、後悔していた』と、あの子がポツリと言ったんです。