8月15日に戦争は終わっていなかった!
両親の体験をもとに“感覚”として戦争を写し取るマンガ

『あとかたの街』『凍りの掌』作者・おざわゆきインタビュー【前編】
おざわ ゆき
『凍りの掌』『あとかたの街』を描いた漫画家・おざわゆきさん

−−それから約30年後の2006年。『凍りの掌』はまず同人誌として発表されました。執筆のきっかけは、ある絵画展だったとか。

おざわ: 九段会館で開かれた「『日ソ共同宣言五十年』シベリア抑留絵画展二〇〇六 PartII 勇崎作衛“赤い吹雪”シリーズより」という絵画展です。林の中で材木を切り出す労働風景を描いた絵なのですが、勇崎さんが体験したことがそのまま写し取られている。同じ題材を描いた絵が何枚も何枚もあるのに見ていてまったく飽きないんです。絵から「伝えたい」という魂が伝わってくる。すごい迫力でした。

そのうち、私もやるべきなんじゃないか、伝えるべきなんじゃないかという気持ちが湧き上がってきました。「これはやらなきゃ。今思ったのだから今すぐやるべきだ」って。その気持ちのまま会場を出るなり実家に電話をしていました。

父の中にあった「絶望」としか言いようのない過去

−−執筆にあたり、あらためて話を聞いてみていかがでしたか?

おざわ: 最初にいたキヴダというところは、言葉で表せないほど過酷な場所だったそうです。極寒の真夜中に石炭の露天掘りをさせられ粗末な建物に帰る。まともな食事を与えられないので、ソ連兵が捨てたサケの骨や死んだ仲間の墓前に供えられたものまで食べるような状況。体は衰弱し、隣に眠っていた友人が翌朝には冷たくなっている。父の中に“絶望”としか言いようがない過去があったことに驚きました。

寒さや飢えが原因で連日のように友人が死ぬうち「死」は日常生活の一部になった