本当に救国の英雄だったのか? 東電・吉田昌郎元所長を「総括」する

黒木 亮 プロフィール

政府事故調の聴取で、東電が大津波対策をしなかったことに関して尋ねられ、吉田氏が

「貞観津波(注:西暦869年に東北の太平洋岸を襲った大津波。同津波を含めた過去の大津波と同等のものに東電・福島原発は備えるべきだと一部の研究者が指摘していた)の波源のところに、マグニチュード9が来ると言った人は、今回の地震が来るまで誰もいないわけですから、それをなんで考慮しなかったんだと言うのは無礼千万だと思っています」

「今回(の震災で)2万3千人死にましたね(注:実際の死者・不明者合計は約1万8千人)。これは誰が殺したんですか。マグニチュード9が来て死んでいるわけです。こちらに言うんだったら、あの人たちが死なないような対策をなぜ打たなかったんだ」

と反論しているあたりは見苦しい。

補修や保守点検作業を大幅に切り詰めた

さらに取材の過程で聞いたのだが、吉田氏は原子力設備管理部長時代に、福島第一原発の現場から上がってくる補修や保守点検作業を、コスト削減のために大幅に切り詰め、もしそうしたことがなければ、原発事故も少しはマシだったのではないかという声もあった。

 

吉田氏は頭が切れる上、本店と福島の原発を往復してキャリアを積んで、福島第一を熟知しているため、現場との議論では優位に立っていた。

また、吉田調書を読むと、当時は2007年7月の新潟県中越沖地震で損傷を受けた柏崎刈羽原発の修繕費用に約4,000億円、福島の2つの原発の耐震工事にも約1,000億円がかかって、経営陣から風当たりが強く、自分でも「私は結構銭には厳しくて」と発言するなど、コスト管理に厳しかったことが覗われる。

東電の技術者たちの一部からは「亡くなった人を悪く言いたくはないが、安全設計を自分でゆるがせにしておいて、事故が起きたら想定外だと言い逃れ、悲劇のヒーローになっているのは許せない」という声がある。

吉田昌郎氏とは何者だったのか?

2013年7月9日に享年59(満58歳)で亡くなった吉田氏の墓は、板橋区内にある。場所は、都営三田線の駅を降りて徒歩7、8分のところのビル式墓地の3階である。同駅から内幸町の東電本店までは一本で行けるので、生前の吉田氏も通勤に使っていたものと思われる。

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