【戦後70年特別企画】
元零戦搭乗員たちが見つめ続けた「己」と「戦争」【後編】

『零戦 搭乗員たちが見つめた太平洋戦争』著・神立尚紀インタビュー
ラバウル近郊、ココポの戦争博物館に展示されている零戦二一型の残骸(写真/神立尚紀)

ある戦友会で、三四三空隊員の息子だという人が志賀さんを見つけて、隊員名簿に父親の名前が載っていないと言ったんです。志賀さんは自分のミスでもないのに、本当に申し訳なさそうに謝っていました。戦後も変わらず部下思いの人だったんです。

志賀さんにはお茶目なところもあって、留守番電話のメッセージが毎回違うんです。「零戦乗りの志賀です」とか「は~い、神立さん、シ、ガ、です」とか(笑)。長野で行われた零戦搭乗員会では、浴衣姿で壇上に上がられて昔の部下の方たちと肩を組んで『同期の桜』を大熱唱されたんです。そんな志賀さんの姿を見たことがなかったですから呆気に取られていたら「たまにはこうやって羽目を外さないと、部下がついてこないんだよ」と楽しそうにウインクされました。

志賀さんは、最終的には私の取材依頼を了承してくださったのですが、そのときの言葉が印象に残っています。「わかった。こうなったらまな板の鯛だ」と言ったんです。そのとき私は単に言い間違えたのか、「鯉」ではなく「鯛」という高級魚に言いかえることでプライドを見せたのかと思ったのですが、そうではなくて「鯉はまな板の上でじたばたしないが、鯛はじたばたする。メディアに出ることをまだ迷っているんだよ」と言いたかったんじゃないかと思います。それでもインタビューに応じてくださったことに対して感謝の気持ちでいっぱいです。

後世に伝えたい搭乗員たちの矜持

―今お話に出た「零戦搭乗員会」は、現在、神立さんが会長を務めるNPO法人「零戦の会」の前身ですね。

元搭乗員で組織する戦友会でした。1998年、当時の会長は元海軍大尉の岩下邦雄さんで、先代会長が志賀さんでした。高齢化が進み組織の運営が難しくなってきたのでそろそろ解散しようかという声が会員から挙がったんです。