[サッカー]
田崎健太「ブラジルの小さなクラブでの出会い」

~松原良香Vol.1~
スポーツコミュニケーションズ

“マイアミの奇跡”の当事者

松原(右)は海外移籍が一般的ではない時代に各国を渡り歩いた。

 広山と同じ時期、国外を渡り歩いた選手の一人に、松原良香がいる。彼もまた日本にない何かを求めて、傷だらけになりながら世界を転がった男だ。

 ぼくが松原に初めて会ったのは、02年10月あたまのことだった。
 そのとき、ぼくは広山の取材でポルトガルを訪れた後、パラグアイを経由してブラジルのサンパウロに入っていた。知人から誘われて、サンパウロ州のグアラチンゲタというクラブで練習参加している松原を観に行くことにしたのだ。

 日本にいたときから松原の噂は耳にしていた。ただ、その噂は決して良いものではなかった。
 アトランタ五輪でブラジル代表に勝ったことを鼻にかけた生意気な若手選手――というものだった。その松原がどうしてグアラチンゲタのような小さなクラブで練習をしているのだろう。どんな男なのか一度、会ってみようと思ったのだ。

 グアラチンゲタというサッカークラブの歴史は浅い。
 クラブが設立されたのは98年10月のことだ。翌99年11月、元ブラジル代表のリバウド、セザール・サンパイオが設立したマネジメント会社「CSR」が経営に加わり、サンパウロ州のB2(5部リーグ相当)に参加した。

 リバウドたちが考えたのは、このクラブで若手選手を育成し、国内外のクラブへ売却することだった。しかし、サッカー選手が胸に抱く理想と現実はしばしば乖離するものだ。02年、CSRはグアラチンゲタで成果を上げることができず、経営権を手放した。松原が練習に参加したのは、その直後のことだった。