[ボクシング]
近藤隆夫「マーク堀越死去……高橋ナオトと話したこと」

スポーツコミュニケーションズ

「闘えて本当によかった」

 そう言った後にナオトは続ける。
「俺ね、試合中に唯一、記憶が飛んだのがマーク戦なんですよ。4ラウンドから8ラウンドまでの5ラウンドを、まったく憶えていない。3ラウンドにマークの強いパンチをもらって、おそらく、そこから飛んでいる。

 ただ、4ラウンドが終わってコーナーに戻ってきた時のことだけは、かすかに憶えているんです。『俺、倒されたんですか?』って会長(アベジム・阿部幸四郎会長)に聞いたんですよ。そうしたら、『何言ってるんだ!? 倒したのはお前だよ! 弱気になるな!』と言われたんですね。そのこと以外は、まったく記憶にないんです。

 ハッと意識が戻ったのは9ラウンドが始まる時。『ラウンド・ナイン!』ってコールされるじゃないですか。その時に、『えっ、もう9ラウンドなんだ』と気がついて、カラダ中に疲れを感じたことは、よく憶えています」

 8ラウンドにナオトはダウンを喫している。マークの連打を浴びて、まるでスローモーションのようにマットに崩れているのだ。その後、立ち上がってはいるが、肉体的疲労はピークに達していたはずだ。観る者の誰もが、「高橋ナオトもここまでか……」と観念した。

 だが、9ラウンドに彼は奇跡を起こす。科学などでは、とても解き明かせないナオトの精神力の勝利だった。

「マークは、とても優しい男だったと思うんですよ。パンチは強かったし、怖かったけれど、普段は、きっと優しいんです。それは闘いながらも目を見れば解ります。マークと闘えて本当によかった。『ありがとう』って言いたい」

 そう言った後に、ナオトはスマホに保存していたマークの写真を見せてくれた。
 デッキチェアに座る白髪交じりのマーク。引退した後に写されたものだろう。現役時代と同じ澄んだ瞳を輝かせていた。

近藤隆夫(こんどう・たかお)プロフィール>
1967年1月26日、三重県松阪市出身。上智大学文学部在学中から専門誌の記者となる。タイ・インド他アジア諸国を1年余り放浪した後に格闘技専門誌をはじめスポーツ誌の編集長を歴任。91年から2年間、米国で生活。帰国後にスポーツジャーナリストとして独立。格闘技をはじめ野球、バスケットボール、自転車競技等々、幅広いフィールドで精力的に取材・執筆活動を展開する。テレビ、ラジオ等のスポーツ番組でもコメンテーターとして活躍中。著書には『グレイシー一族の真実~すべては敬愛するエリオのために~』(文春文庫PLUS)『情熱のサイドスロー~小林繁物語~』(竹書房)『キミはもっと速く走れる!』 『ジャッキー・ロビンソン ~人種差別をのりこえたメジャーリーガー~』『キミも速く走れる!―ヒミツの特訓』(いずれも汐文社)ほか多数。最新刊は『忘れ難きボクシング名勝負100 昭和編』(日刊スポーツグラフ)。
連絡先=SLAM JAM(03-3912-8857)