【独占インタビュー】
瀬戸内寂聴「93歳の私が国会まで行って、伝えたかった思い」

戦争を知る私から、戦争を知らない日本人へ
週刊現代 プロフィール

「国会前に行って、座り込みをしたいのだけれど」とつぶやくと、ちょっと思案した様子だったトレーナーが、「いいでしょう。行けることは保証します。その後はどうなるか分からないけれど」と言うんですよ。その瞬間、上京を決めました(笑)。

私は今回、どの団体に属するのでもなく、単独で行動することに決めました。体調が万全でなく、いつ倒れるかわからないし、即入院なんてことにもなりかねない。そんな時、独りで行動するので、すべては自己責任だと心に決めたのです。

93歳にもなると、もういつ死んでもいいとは思うけれども、ただ病院で死んでいくというのはイヤなんです。国会前の座り込みで死ぬなら、少しは人の役に立つし、意味があるかなと思ったわけ。

'60年の安保闘争の時、東大生だった樺美智子さんがデモの最中に亡くなって大問題になりましたが、人が死ぬとマスメディアはこぞって大きく取り上げるでしょう。あの時代の人はいまだに、樺さんの名前を聞いて涙ぐみますよ。それくらい、命がけで訴えた思いというのは、人の心に刻みつけられるんですね。

けれども、もし私が今回、どこかの団体の招きで参加して死んでしまったら、いくら私がそれでいいと思っていても、やっぱり責任問題になるじゃないですか。

だから、たった独りで国会前に行きました。

「いい戦争」など存在しない

みなさんが座り込みをしている場所に着いてみると、思い思いの旗やプラカードを掲げた様々の団体の群れが集っていました。すべて最近の安倍さんの強引な政治の方向に不満を持った人々です。

私が国会前まで出てきたというので、マスメディアがわあっと集まり、びっくりしました。私は車椅子を降り、立ってマイクを握りました。目の届く限りのデモの群れに向かって、今日参加した心境を語りました。その後、建物の中で記者会見に応じました。驚くほどの人々が集まりました。テレビではその晩のニュースから取り上げられ、翌日の新聞では読売以外、すべての新聞が大きく扱ってくれました。全国からハガキやメールが舞い込みました。その場で死にはしなかったけれども、私のささやかな行動で人々が現在の日本の危機に関心を持ってくれただけでも意義があったと感謝しました。

私があそこまで行って伝えたかったことは、いかなる戦争にも、いい戦争、立派な戦争、人を救う戦争などというものはない、ということです。戦争はすべて悪です。公然の人殺しです。

戦争を始める人たちは何かと理屈をつけて、「どこそこの国が悪い」と言ってみたり、「東洋平和のため」、「国民の幸福のため」などと美辞麗句を並べたりするのです。

けれども、実際に戦争になって起こることといえば、相手を殺さなければ自分が殺される、だから人を殺すという、人殺しの仕合い以外の、何ものでもありません。