コナカ・湖中謙介社長「いまは『自分だけの一着』を薄利多売する時代が来ていると思う。だから、売り場面積が、たった10坪程度のカスタムオーダーのお店を出しました」

紆余曲折

いまも人生をどう生きようか考えている途中なのですが、弊社へ入社するまではもっと迷っていました。大学に合格したものの、実家からは電車で片道3時間かかり、親は下宿代を出してくれません。でも叔父が外食産業の経営者で、たまたま学校の近くに社員寮を持っていたんです。私が「入りたい」と言うと「一部屋あるぞ」「何月何日にここに来い」と言われました。

行ってみると入社式で(笑)、次の日、私はなぜか新大阪のレストランホテルで働いていた。しかも外食の仕事はことのほかおもしろく、正月も休まず働きました。すると親に呼び出された。学業をおろそかにしていることではなく、「うちは洋服屋だぞ!」と叱られ、結局、大学は中退。実家を手伝うようになりました。

教育 横浜市戸塚区の本社で、社員教育研修を温かく見守る。右から3人目が湖中氏

親友と

たくさんの人との出会いがあっていまがあります。出張の時、飛行機で隣りあった方が偶然アパレル関係者で、商品への情熱などが共有でき親友になりました。その後、彼は好きが高じて脱サラし、アパレルメーカーを立ち上げました。

ところが、資金を出してくれた企業が突然倒産し、彼が商品を預けていた倉庫も閉鎖。全商品が差し押さえられてしまったのです。この時、彼は社員に「稼がないと死ぬからいろいろ売ろう!」と声をかけ、弊社にも店舗で販売したいと要請が来ました。