少年Aのベストセラー『絶歌』 どう読むのが正しいのか

青木理×香山リカ×中島正純
週刊現代 プロフィール

たとえば、少年の手記に精神科医や弁護士などが解説を加えて、「この少年にはこのような問題があります。それを踏まえた上で読んでください」という形だったら、事件の背景を考える上で貴重な資料になり得た。

青木 そういう形なら匿名もありだと思います。罪を犯した人間の心理やその後の変化を知るためのデータという位置づけですからね。

でも、自分自身で「書かずにはいられませんでした」と記しているように、やはり彼は表現者になっている。だったら批判される覚悟を含めて実名で書くべきだった。表現することへのそこまでの覚悟が彼にあったのかどうかが気になります。一部のメディアなどは、容赦なく彼を追い回すことになるでしょうからね。

中島 これまで多くの少年犯罪者と直に接してきた経験で言えば、彼には出版したら世間がどう反応するか、自分がどういう立場になるかまでは考えられなかったのではないでしょうか。あったのは、「本を出すしか道はない」という切迫感だけ。

香山 手記には、さまざまな文学作品からの引用が多くありますが、それを見ていて思うのは、非常に表面的な引用でしかないなということ。文章表現も、凝ってはいますけど、どこかで見たようなものばかり。なにか、胸に迫るものがない。

青木 それは僕も感じました。

人間味の芽生え

香山 事件当時、彼が送りつけた犯行声明文や書き残していた作文に対して、「本人が書いたものではないのでは」とか「何かのパクリだろう」と言われていました。

今回の手記の中でも自分を魔物だと語っている「懲役13年」と題した彼の作文が掲載されていますが、映画『プレデター2』からの引用だったなどと明かしていますね。

青木 連続射殺事件で死刑になった永山則夫の作品に『無知の涙』がありますが、今でもこれを読むと、もちろんその責任はまぬがれるわけではないけれど、彼が犯行に至ってしまった生い立ちや社会環境を含め、ひたひたと胸に迫ってきます。だけど、この『絶歌』にはそういう切迫感が薄い。

少年によるいくつかの重大事件を取材した経験から言えば、虐待であったり、育児放棄であったり、凄まじい環境で育った少年が犯罪に走るケースが多い。ですが、本書を読んでも、彼の生育環境はそうではない。誤解を恐れずに言えば、やはり精神的な疾患のようなものだったのか。

香山 そうだと思います。平凡な家庭に、彼のような特異な人間が生まれてしまった。「社会脳」(社会的認知を司る脳の部位)の機能不全が背景にあると思われる、特殊な精神性の持ち主です。彼から見れば、自分の両親はあまりに凡庸な人間にしか見えなかったのではないかと思います。