あなたは大丈夫? 町村信孝 見逃された「死の前兆」

週刊現代 プロフィール

「脳梗塞になると、1年以内に約1割、5年以内に約3割の人が再発を起こすという統計があります。しかも多くの場合、再発を繰り返すたびに症状が重くなっていく。

脳梗塞には、脳の血管自体が狭く細くなって詰まってしまう『脳血栓』と、心臓でできた血栓が脳に流れて行って血管が詰まる『脳塞栓』の2種類があります」

後者の場合は、最初の発症が致命的になることが少なくない。おそらく、何度も発作を繰り返した町村氏のタイプは前者だったと考えられる。

その後、何とか政界に復帰を果たしたものの、町村氏は政治家として事実上「あがり」のポジションに追いやられた。

町村氏にとっていわばトドメとなったのが、昨年の12月、安倍総理から衆議院議長のポストをあてがわれたことである。議長ポストは、永田町では「これをやったらもう引退」が常識の名誉職だ。政治評論家の浅川博忠氏が言う。

「町村さんは『自分が総裁選に出れば、当然みんな付いてくる。勝つに決まっている』と考えていたのに、フタを開けると5人中4番手だった。

自らの影響力が下がっていることを実感し、また『オレは安倍ごときに〈一丁上がり〉にされてしまうのか』と思うにつけ、ストレスがどんどん膨らみ、体調にも響いたのでしょう」

議長辞任の直後に会見

そして今年4月、町村氏は再び倒れた。「軽い脳梗塞」と報じられたが、その前後の様子を振り返ってみると、決して予断を許す状況ではなかったことが窺える。ある自民党本部スタッフは、こう証言する。

「4月20日に議長辞任を表明する会見を開いたのですが、カメラの前ではそれなりにはっきりと話せていたけれど、部屋に戻るともう全然ダメでした。ろれつが回ってなくて、何を言っているか分からない。『これは相当マズイな』という思いが過りましたが、そりゃ口には出せませんよね……。

そういえば、ある議員は会見の直前に『町村さんは国会の議長席でも、肘をついて頭を抱えるようにしていることがあった』と言っていました」

「オレはまだやれる」「せめて人前では弱った姿を見せまい」—おそらくはそんなプライドが、辞意表明の当日まで何とか町村氏を支え、突き動かしていたのだろう。

'00年5月に脳梗塞で急死した小渕元総理は、同年4月1日、緊急入院する前夜の会見で、しどろもどろの受け答えをして周囲を心配させた。「脳梗塞には前兆がある」ということを多くの国民が知るようになったのは、ある意味で小渕氏のおかげかもしれない。

'06年12月に67歳で小脳梗塞に倒れ、入院した衆議院議員の平沼赳夫氏も、発症直前に感じた「前兆」をこう振り返った。