原発再稼働なんて、ありえない「巨大地震は来る」 
あの揺れで(関東震度5)予感は確信に変わった!

週刊現代 プロフィール

「予感」が「確信」に変わった

5月25日、14時28分。まるで脇腹をガツンと殴られるような不意打ちに、関東に住む約4000万人が衝撃を受けた。

M5・5、最大震度5弱という数値だけを聞けば、単なる「やや強めの地震」と思うかもしれない。だが実際に体験した者にとって、あの揺れ方は、ここ最近の地震と明らかに「質」が違っていた。最初からドン!と縦に来る、明らかに「これは直下型だ」と分かるタイプの地震だ。

まるで、2011年3月11日14時46分、あの東日本大震災がフラッシュバックするようだった。そしてこの揺れは、われわれが心の奥底に秘めるひとつの「予感」を否応なく呼び覚まし、「確信」へと変えた。それは「いつか必ず現実になる」と誰もが考えていたにもかかわらず、この4年間、あえて心の隅に追いやってきた「予感」である。

「巨大地震が、再びこの日本列島を直撃する」

4年前のあの日、全ての日本人が恐怖とともに抱き、そのあまりの恐ろしさに目を逸らさざるを得なかった事実。次の大震災は間違いなくやってくる。そしてわれわれは、その運命から逃れることはできない—。

地震学者の島村英紀氏が寄せた今回の「関東震度5」の揺れに関する分析は、そんな予感を十分に裏付けるものである。

「この地震は、これまで多かった東日本大震災の余震とはまた別モノであると思われます。震源だった埼玉県北部、茨城県南西部、そして千葉県北部は、東から日本列島の下に潜り込んでいる太平洋プレート、日本列島の東側半分を載せている北米プレートと西側半分を載せているユーラシアプレートの接合面に、南からフィリピン海プレートが潜り込んでくる、いわばプレートの交差点です」

いまは谷間の期間にすぎない

千葉県の香取神宮や茨城県の鹿島神宮には、「地震を抑えている」と言い伝えられる「要石」が置かれている。古くからこのエリアは、地震多発地帯だったことが窺える。

「今回は、幸いにして震源の深さが56㎞と深かったので、被害も少なかった。しかし、もし震源がもう少し浅かったら、近年にない大きな被害が出ていたかもしれません。

1923年の関東大震災だけでなく、1921年には茨城県龍ケ崎市でM7、また1931年には埼玉県西部でM6・9の直下型地震が起きています。逆に言うと、直近の約100年間はこのエリアで大きな地震が発生していない。今後はもっと東京に近い場所で、より大規模な直下型地震が起きる可能性も高いでしょう」(前出・島村氏)

今はあくまでも、前の大地震と次の大地震の谷間の期間にすぎないのだ。