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▼「恋よふたたび」(その1)、(その2)ははこちらからお読みください
(その1)=> http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43356
(その2)=> http://gendai.ismedia.jp/articles/-/43357
「どうしても自分のセルフイメージって、いいときで止まっているんだよね」
いみじくも中瀬さんは言った。まさに! トイレで鏡を見なくなったのは、信じたくない姿を見てしまうから。地下鉄の窓に映る自分なんて、恐ろしすぎる。起動したスマホのカメラが自撮りになっていた時なんて、それはもうホラー。
「中高年女性で難しいのは、実年齢相応の自己認識だよね。だって残酷だもん。もう、若くはないって」
そこ、そこ、そこなの。涙が出ちゃう。
「若い時は素材として市場に投げ出されていれば男は来たけど、もはや来ないという残酷な現実を知るところから、中高年女子の婚活は始まると思う」
50女の婚活は、自分の現実を客観視するという、地獄の苦しみを通過しなければ始まらないというわけだ。これ、口で言うのは容易いんだけど・・・・・・。
それにしても女の価値は、年齢を重ねるたびに急降下、暴落する一方だ。
2人で笑った。
「30代で、“おばさん”なんて言ってるの、どつきに行きたいよねー」
そうだ、そうだ!
「黒川さんは恋愛運動能力が落ちていると思う。若いときは『行ってもいい箱』と『行ってもムダな箱』とを瞬時に判断できたはず。自分の好みも、NGが何なのかも忘れている。だから、落ちた恋愛運動神経を取り戻さないといけない」
まずはトレーニングとして中瀬さんが提案してくれたのは、通りすがりや電車内、お店などにいるそこら辺の男性を片っ端から、2つの箱に分けて行くこと。生理的にあの顔とキスできるか、絶対これは無理かを、瞬発的に分けて箱に入れていく。これでまず、失った運動神経を回復させるということらしい。
「箱に分けて、『行けるかも』箱の中から選んで行くというのが大事。やみくもに行ってもしょうがないから。だって、無駄だから。まれに、『無理』箱からの復活もあるとして・・・・・・」
実際、試してみてわかったことがある。オッケー箱に入るのは大抵、若い男性ばかり。おじさんを私のオッケー箱に入れるのが難しい。
つくづく思った。男性はいくつになっても若い女が好きで、だから「男はしょうもない」と揶揄してきたが、おばさんだって「しょうもない」のだ。そこははっきり認めよう。
それとも私の男性を見る眼は、16年前で止まったままなのか。「男として」おじさんを見慣れていないから、「恋愛可かも」の箱に入らないのだろうか。
箱に入れるという「効果」を、中瀬さんは次のように説明した。
「『これは、マシ』を、無理矢理にでもひねり出すようにならないとやっぱり、ダメだと思うんだよ。冷蔵庫の残り物で、何でも作れるようにしていかないと。だって嫌な中身のイケメンより、いい中身のブサメンの方がいいじゃない? それにいい物件は空いてる期間が短い。すぐに買い手が決まるわけで、そこを中高年女子が得るのは奇跡。やっぱり狙うのは隙間だね」
特効薬はとにかく、「いろんな男に一対一で会って行くこと」ということで、焼酎のレモンお湯割りを4~5杯飲んだところで、新橋へ移動。中瀬さんが雑誌で以前、見たという、婚活スナック「aeru」へ2人で乗り込んだ。
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駅前の飲み屋街の一角、半間ほどのドアを開け、階段を上る。店はかなり狭い。コの字のソファーに、テーブルが3つ。お客は40代後半の男性と、アラサー女性の2人組。みんなが下を向いてひたすら何かを見ている。
女性店員が店のシステムを説明する。
「うちには900人の会員がいます。男性のファイルだけで9冊あります。ファイルを見るのは自由ですが、登録をすればそのファイルの中でいいと思った2人の写真が見られます。最初は2人だけお見合いが申し込めますが、2回目以降は5人まで大丈夫」
登録料は5400円。その場で顔写真を撮られ、プロフィールや自己PRを書き、登録が終了。毎回の利用料は、女性は2700円。席に着けばポップコーンなどの乾きものがバスケットで出され、アルコールは飲み放題だ。
「写真が見られる」という意味は、ファイルをめくってすぐにわかった。提示されるのは住んでいる場所、出身地、年齢、身長、体重、趣味、年収などの文字情報のみ。これを手がかりに会ってみたい人を炙り出し、希望を伝えればiPadで顔写真を見せてもらえる。その上で実際、会いたいなら希望を店に伝える。店はその相手に、お見合い希望が来ていることを伝える。店の仕事はここまでで、申し込んだ側が相手の意向を確認するには、ひたすら店に通い続けるしかない。
占いもするというママがやってきた。40代前半だろうか、着物がよく似合っていて、かわいらしくて色っぽい。私のデータを見て一言。
「この年齢では、ちょっと難しいかもしれません。とにかく、お店に通ってください。女性の決め手は見た目と年齢、そして男性は経済力です。女性は努力して、最大限に見た目を上げないとダメです。大人の色気を意識して。服装も男性目線を意識して、そうやって相手に見た目でサービスしないと。婚活はサービス精神を持って、男性にどれほど喜んでもらえるかにかかっていますから」
なるほど。でも、これまでの人生で1度もそんなこと思ったことがない。こんなに長く生きているのに一体、何を学んできたのだろう。目の前にあるママの豊満な胸だけで、めちゃくちゃ説得力がある。ママはさらに言う。
「婚活は、合わせ鏡のようなもの。寄ってくるのは、自分と同じような人ばかり。だから最大限に自分を磨かないと、いい男性とは出会えないんです。見た目は、相手へのサービスなの。包容力を持って、男性に喜んでもらえるよう、自分を与えないとダメ。セクシーにすることは、とても大事」
どうやらその「見た目」じゃダメだと、はっきり太鼓判を押されたらしい。全然、努力が足りないと。そんな服じゃ、てんでダメで、セクシー度は評価外だと。そのとおりだった。まず、何も努力をしていない。
男性にサービスする、喜んでもらう・・・・・・そんなことを考えなくても、若い頃は相手ができた。そのかつての傲慢さを、ママは正しく指摘する。女性はある年齢以上になれば、受け身ではいけないという。ママはその年齢を、「35歳以上」とした。ひえええー、何てこった。「素材」だけでオッケーなのは34歳まで? 私、長い間、何をやってきたのだろう。この「気づき」がなかったから、これまで何も起きなかったというわけか。
辿り着くのは、同じところだ。
「婚活とは自分と向き合うこと。自分を客観視できない方は無理ですね」
出たー、五十女が恐れ戦く妖怪「客観視」。やっぱり、ここなのだ。だけど婚活を始めた以上、もう逃げも隠れもできない。
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それでもこの日、私は2人の男性を選び、お見合い申請をした。
「黒川さんはやっぱり、イケメン好きだね」
中瀬さんに言われても、やっぱりよくわからない。ファイルで選んだイチオシは1964年生まれ、身長180センチの甘いマスクの男性。決め手は「一緒に食べ歩きできる人を希望」、うん、全くもって得意分野。「トレッキングが趣味」、うん、私も自然の中にいるのが好き。
もう1人は酔ってよく覚えていないが(このあたりがもはや、取材ではない)、1951年生まれ、B型、アパート経営。「自立した女性希望」が決め手だったかも。そして年収1000万も。
客はただただ、ファイルをめくる。店を出た後、中瀬さんが言った。
「隣の男性さ、横にアタシたち生身の女がいるってのに、机かタンスぐらいにしか思ってなかったよね」
確かに! 20センチも離れていない隣のテーブルには、40代後半と思われる男性がいた。真横に女がいるというのに、関心すら払われなかった。
2ヵ月後、2度目の来店でこう言われた。
「お2人の方に申し込みがあったことをお伝えしましたが、1度も店に来られてないです。だから、脈無しということですね」
ママの眼力は正しかった。ちなみに登録して3ヵ月が経っても、誰1人からもお見合い希望は寄せられていない。
この日、私の婚活の戦術が決まった。1に結婚相談所に登録、お見合いをして行く。2に友人に声をかけ、紹介してもらう。3に婚活スナックなど婚活ポイントに通う。
以上だ。
・・・つづきは『G2(ジーツー)Vol.019』でお読みください
『G2(ジーツー) Vol.19』
(講談社MOOK/税別価格:900円)
『G2(ジーツー)』は雑誌・単行本・ネットが三位一体となったノンフィクション新機軸メディアです。今回目指したのは、アメリカの雑誌界の最高峰『ザ・ニューヨーカー』。新しいノンフィクション、新しいジャーナリズムの形を示そうと、『G2』第19号は何から何まで大幅にリニューアルしました。
執筆者/奥野修司 清田麻衣子 黒川祥子 佐々木実 佐藤慶一 柴田悠 高川武将 西村匡史 野地秩嘉 福田健 安田浩一 飯田鉄(順不同)
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