ヘイト問題をどう扱うか?あるタクシー会社社長が出した、一つの答え

ニッポン・差別問題の現在地<前編>
安田 浩一 プロフィール

黄色を背景としたデザインは遠くからでもよくわかる。でも、このデザイン、どこかで目にした記憶があるのだが…。

「法務省の啓発ポスターとそっくりやろ?というか、そのまま使わせてもらった(笑)。もちろん無断使用やない。ステッカー作り終えてから法務省に電話したら、かまへん言うてた。お上のお墨付きや」

今年初め、法務省はヘイトスピーチ防止を目的とした啓発ポスターを製作。1万6
000枚を各省庁や出先機関、自治体などに配布したほか、主要ターミナルの液晶広告板にも映し出されるようにしている。

で、この「お墨付き」ステッカーをなぜタクシーに貼ろうと…私の質問が終わらぬうちに、坂本は「商売のためや」と笑いながら答えた。

「大阪はぎょうさんタクシーが走っている。そんななかでヘイトスピーチに反対しているタクシー見つけたら、『ようやってるなあ』と評価してくれるお客さんもいるはずや。わざわざ選んで乗ってくれるお客さんもいるかもしれん。そしたらウチも儲かるがな。な?悪徳社長やろ?」

 

どこまで本気なのか、たんなる韜晦とうかいなのかはよくわからない。だが、小難しい理屈をこねて「反ヘイト」を語らないところに、かえって好感を持った。

そうなのだ、ヘイトスピーチに反対するということに、政治的信念やイデオロギーなど必要ない。そもそも差別する側は、きわめてカジュアルに他者を貶める。ときに差別じたいを娯楽の道具にする。であるならば、それは許されないことなのだと、社会の“常識”として、普通に返せばいいだけだ。たとえ「商売のため」であっても何が悪かろう。

だが─当然ながら、その「商売」にケチをつける者も現れる。

「なにがヘイトを許さない、や。いい気になるな」

「在日特権をどう思っているんだ。朝鮮人を批判しろ」

坂本の会社にはそんな嫌がらせ電話が後を絶たない。

「なるほど、これがヘイトっちゅうもんやなあと、むしろ、世の中の気分みたいなもんがようわかりましたよ。だからますますやる気になりましたわ。ナチスみたいな連中をのさばらせてはいかんと」

大阪市長唯一の手柄

「商売」を繰り返し強調する坂本ではあるが、話し込むうちに彼を衝き動かした二つの風景があることを知った。

一つは“差別デモ”の風景だ。大阪市内で、坂本は何度か在特会(在日特権を許さない市民の会)などが主催する「日韓断交デモ」を直接目にしている。日の丸や日章旗が林立するなか、デモ参加者は韓国に対して、さらには在日コリアンに対して、耳をふさぎたくなるような罵声を飛ばしていた。

「在日は国に帰れ」「大阪湾に沈めたる」。

一部の者たちはヘラヘラ笑いながら「殺せ」と叫んでいた。

政治的な文脈のなかに収まらない薄っぺらな言葉であるだけに、かえって怖かった。背筋が寒くなった。震えが来た。同じ人間が、なぜあそこまで暴走するのか理解できなかったという。

「社会の何かが崩れていくような、そんな気持ちになったんです」

そう話すときの坂本は、それまでのおどけた表情とは違った、なにか物憂げな顔つきを私に見せた。