大阪都構想は、マジで洒落にならん話(2) ~「対案がないぞ!」というデマ編~
文/京都大学大学院教授 藤井聡

「反論しているような印象を与える」という手口

こう考えれば、「都構想」は、自治を弱体化させ、それを通して福祉、医療、教育、まちづくり、そして防災といったあらゆる側面で、行政サービスを劣化させ、結果、大阪市民の暮らしは劣化し、大阪の街の活力それ自身も低迷することとなる、論外中の論外の代物だ、という実態が見えてくる。

だから話がここまで及べば、もう誰も以上の議論に反論なんてできないのではないだろうか、と思えてくるのだが――ネット界を見ればどうやら以上の議論に対して二つの反論パターンがあるようだ。

第一のパターンは、とにかく内容についての議論は避け、ひたすら藤井論が間違っているという「印象」を植え付けようとする「印象操作」パターン。

例えば、記者会見で100名以上の学者の所見を公表して以降、ここ数日、「論外という藤井こそ論外だ」(足立やすし衆議議員)http://blogos.com/article/112100/

「僕のことが嫌いなんでしょう」(橋下大阪市長)http://satoshi-fujii.com/150514-8/

といった種類の反論(モドキ)がなされている。これに類するものとしては、「藤井は土建屋だからだ!」とか「原発推進論者だからだ!」とか、もうワケワカな名誉毀損の誹謗中傷な言説がネット界では飛び交っている。

これらはもう、ある意味「笑いのセンス」のおありの方ならギャグにしか見えないのではないかと思う。

何といってもそれはもう既に「ゲンカで言い負かされた小学生がお前のかぁちゃんデベソッ!と言っている状態」としか言いようがないからだ。

もう少し真面目に言うなら、「あからさまな敗北宣言」と言うこともできるだろう。われわれの批判を真正面から受け止め、正々堂々、反論すればいいところ、話をすり替え、ただただ「藤井が間違っている」と叫び続けるのだから、理論的な反論することができないのだろう、と考えざるを得ないわけだ。