あの「車椅子社長」を支えた女性はこんな人だった。体が強いほうではなかったのに、結婚してからは風邪ひとつ引かなくなった理由。

春山 由子

でも、本にも書きましたが、付き合ってから病気になるまでの2年間は本当に楽しかったんですよ。ハチャメチャでね。だからもういっぺんそれを繰り返したいというのはあります。

もっとも、病気になってからも死ぬまでハチャメチャで飽きるってことはありませんでした。もちろんしんどいとか、つらいとかいうことは一杯ありましたが、同じくらい楽しいことも多かった。主人も私も楽天的だったこともありますし、家族の中は明るかったのも大きかった。それにとにかくワクワクさせてくれる人でした。次になにを始めるんだろうと、それを見るのが楽しみでしたね。

── 日々たいへんな思いをしている読者もいっぱいいると思いますが、なにかメッセージがあればお願いします。

春山 あまり悲壮にならないで、楽しさを見つけるというのはポイントだと思います。いやいややるのと、「やったろか」と思うのでは、全然結果は変わってくると思います。そして本の最後にも書きましたが、絶対に闇だけということはありません。やはり必ず光はあるのでそれを信じて前に進んでほしいですね。

春山由子
1953年大阪生まれ。高校卒業後、高校時代に一時付き合っていた春山満氏と再会、交際を始める。満氏はそのあと24歳に進行性筋ジストロフィーに発症。1984年、二人が30歳のときに結婚。息子二人に恵まれる。満氏は病のため、どんどん体の機能を失っていきながら(1990年代はじめには首から下の運動機能全廃)、1988年、全国初の福祉のデパート「ハンディ・コープ」設立。1991年には「ハンディネットワーク インターナショナル」設立、介護・医療のオリジナル商品を開発・販売、さらに大手医療法人の総合経営企画・コンサルティング、企業や自治体のプロジェクトに参画し、介護・医療業界の風雲児として知られる。2003年には米国ビジネスウィーク誌にて「アジアの星」25人に選ばれる。現在、ハンディネットワーク インターナショナルは、長男・哲朗氏が継いでいる。著者・由子氏は、満氏の介護、二人の息子の子育てをしながら、ハンディ・コープ時代から主に経理面で会社を助け、2014年2月に満氏が亡くなるまで、公私ともにパートナーとして満氏を支え続けた。