大阪都構想は、マジで洒落にならん話(1) ~賛成する学者なんて誰もいない編~
文/京都大学大学院教授 藤井聡

「都構想」など学術界では論外中の論外な「粗悪品」

では、それ以外の学者たちは、この都構想に対して何と言っているのかといえば、圧倒的に批判的だ。

例えば筆者は4月27日、「大阪都構想」の危険性・リスクについての所見をお持ちの学者の方々を、立命館大学の森教授(財政学)と連名でインターネット等を通して広く公募したところ、わずか一週間で「128名」もの数多くの学者達からの返答があった。そして、106通もの「都構想の危険性についての寄稿文」(全文はこちらhttp://satoshi-fujii.com/scholarviews/を、概要版はこちらhttp://satoshi-fujii.com/scholarviews2/を参照されたい)をいただいた。

これだけの学者が一時に警鐘を鳴らしているわけだから、学術界における都構想に対する危機感は半端なものではないわけだ。

ここではそれらの中から、これまで原稿等(たとえば、こちらhttp://diamond.jp/articles/-/71331)で紹介しなかった声を紹介することとしたい。ただし次の一言だけは、繰り返しここでも引用しておきたいと思う。

「大阪都って言うのは本来これだけ注目されますと学会等でも取り上げられるかと思いますけれども、学会では全くですね、荒唐無稽過ぎて取り上げるに値しない。そういう代物だと言うことを是非、ご理解いただきたいと思います」(鶴田廣巳・関西大学教授・財政学)

つまり、地方政府についてまじめに研究を重ねてきた専門家集団の間では、都構想など鼻で笑われるような「粗悪品」(堀雅晴教授・立命館大学・行政学)にしか過ぎないのである。

なぜ「粗悪品」なのか――その理由を、寄せられた106名の学者達の言葉を借りながら解説していこう。

そもそも、「都構想」で実現する「特別区」なるものは、「縮小された権限と財源の下で、特別区は団体自治も住民自治も発揮することができず、特別区間での財政調整をめぐる争いと、住民間での負担増または歳出減の押し付け合いに終始する」存在だ(梅原英治・大阪経済大学教授・財政学)。

橋下維新は特別区は「中核市並み」の自治体だと説明しているが、そんなのは言語道断な単なるデマだ。おおよそまちづくりの権限も財源もない中核市が一体どこにあると言うのか。

例えば憲法学者の今井良幸氏(中京大学・准教授)によれば、特別区なるものは「憲法上の地方公共団体とは解されて」いないのであり、地方自治論の池上洋通氏(千葉大学・元非常勤講師)によれば、その存在は「憲法の『法の下の平等』原則に反する疑い」があるとすら指摘されており、「なぜ『都』になりたいのか、全く理解できない」とまで言われている。

貧弱な自治体、それが「特別区」というものなのだから、その中で暮らす人々の生活水準もまたあらゆる側面で劣化していくことは必定だ。つまり都構想は「市民の暮らしを損なう」(早川和男・神戸大学名誉教授・環境都市計画)ものなのである。

例えば、「地域医療が後退する」(藤井えりの・岐阜経済大学専任講師・地方財政学)ばかりでなく、高齢者たちは「高齢化社会で求められる介護、医療、福祉を統合した『地域包括ケア』からは遠ざか」(澤井 勝・奈良女子大学名誉教授・財政学)ることになる。

そして、「安全、医療、福祉、生活環境の水準は低下し、公営住宅入居も一層困難」(早川和男・神戸大学名誉教授・環境都市計画)となるのみならず、「学校の条件整備はより劣化し貧弱になっていくことは明確」だとも指摘されている。つまり、大阪は「『住みづらさ』が蔓延する失望の都市に変わってしまう」(保母武彦・島根大学名誉教授・財政学/地方財政学)ほか無いのである。