「一番大切なのは今、これでいいのかどうか」---虎屋 代表取締役社長・黒川光博氏に訊く、老舗のこだわり

渡辺新『銀座・資本論』より
渡辺 新

不器用なまでに真面目に作る

『銀座・資本論』
著者= 渡辺 新
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渡辺 蜷川実花さんがフランシス・ベーコンの展覧会をご覧になって、人間の執着やフェティシズムとはといったことを新聞に書かれていて、やはり芸術家ほど執着というのか、何かひとつのものに固執して能力を磨いていくのはすごく大事なのだということを言われていたのですが、黒川さんが特にこだわっていらっしゃる部分と、会社でこだわっている部分というのはほぼイコールですか。

黒川 それは一致しなければいけないでしょうね。一致させるためのことは組織的になるべく多くやっているつもりだし、その中で私の考え方や何を大切にしているかといったことは、和菓子作りに直接関係なくても伝えるようにしています。

渡辺 例えば商売や製造、もしくは新規の開発など、いろいろな分野があると思いますが、どの分野に対してこだわりが強いのでしょう。

黒川 特にここというのはありませんが、しいてあげればやはり製造でしょうか。

渡辺 もの作りの部分ですね。

黒川 不器用なまでに真面目にものを作っている、という製造の姿勢があります。製造技術が不器用では困りますが、それを除いた部分で器用ではないと思うんです。不器用でいいと思っているのだけれども、不器用なまでにただもう真面目に愚直に菓子作りをしている。

その製造の姿勢やそこで発せられる言葉そして製品はとらや全体に波及していって、他の部署もそこまで製造の人間が一生懸命にやっている、それは我々がお客様にお伝えしなければいけないというように繋がる。そう考えるとやはり製造が原点にあるのではないかなと、私は思います。例えば、今、新さんに召し上がっていただいた菓子にしても、製造の者たちは新さんと同じ状況で、ちゃんと座って試食をしています。

渡辺 なるほど。

黒川 私はよく、立って食べるのはつまみ食いみたいなものだと言うのです。座って楊枝を使って一個全部をお茶と一緒に食べてみたときにどう感じるのか、お客様が召し上がるシチュエーションと同じように食べてみて「固い」「柔らかい」「大きい」「小さい」「食べやすい」「食べにくい」ということを感じなさいと言っているわけです。

渡辺 立ちながら味見をしていては、お客様の状況はわからないということですね。

黒川 座って食べなさいと言われた途端に、今まで立ってつまんで食べていたまんじゅうを一体どうやって食べたらいいかとみんなが考えるということが大切だと思うのです。

渡辺 なるほど。面白いですね。

黒川 それで、私はそれぞれに自分で考えてほしいので「こうやれよ」と言うだけではなく、「どう思うんだ」と質問を投げかけると、言葉に窮していたり、「前から思っているけれども、そこのところをどうして食べたらいいかわからない」などと言葉が出てきたりします。それが大切であって、そういう意見が強かったら、やはり変えなければいけない。

渡辺 そういうときが一番価値観が繋がりやすいですね。

黒川 そう、これは面白いです。私がそういう話をして「うーん」とか悩んで面白がって、みんなも考えて、それで改善されていく。そのように改善のためには裏でいろいろな声を出しているのです。

製造でそういうことをやっているということがわかっていれば販売との信頼関係も生まれますし、結果としてそれがいい商品に繋がってお客様が喜んでくだされば嬉しいですね。

渡辺 おっしゃっていた製造の愚直さ、要は端折らないということですね。

黒川 そうです。それは大切です。

渡辺 新規事業を立ち上げるときにも、愚直さという部分が抜けてしまうと、とらやさんらしさがなくなってしまいますよね。

黒川 はい。