『マーケティングの嘘』大票田を個で理解する

もう一方の「シニア層の散歩は健康目的」について見てみよう。シニアになる時期、つまり「義務と責任」から解放される時期は、一般に男性より女性のほうに早く訪れる。多くの女性にとってその時期は子が手を離れるときで、男性が定年でそれを追いかけることになるからだ。本書によると、これまでのマーケティングではこの時「カップルアゲイン」になると考えられていたがこれも“見てきたような嘘"のひとつで、実際には「シングルミックス」ともいうべき生活動線になるという。

「夫はホント飽きもせず鬼平ばかり・・・」「妻は韓流ズッポリで・・・」ダイニングテーブルという生活の交点以外では、それぞれのプライベートな時間を過ごす夫婦が多いのが現実だという。これを把握できる唯一の方法が、冒頭で挙げた“たった一人のサンプル調査(=生活日記調査)"だ。生活動線や感想などをこと細かに記録するこの生活日記調査には、サンプル数をどれだけ集めても得られない、貴重な事実があるという。

この調査によるとシニアは、シングルミックスの生活動線上でそれぞれの趣味の世界を深めたり、一週間の生活サイクルから解き放たれて、季節の変化を愉しんだりしている。「シニア層の散歩は健康目的」というデータは、問われるとそう答えてしまうという結果の集積でしかなく、実際には公園の花の開花を見届けるために外出しているのかもしれない。今後は、事実の集積という意味ではビッグデータの活用が進むだろう。しかしだからこそ、生活日記調査の定性的な情報の必要性は増すように思われる。

書籍の販売に携わっていて常に感じるのは、販売データは事実の集積だが「これから売れる本」のデータではなく「売れた本」のデータでしかないということだ。でも現状では、「売れた本」を店頭に置くというのが、販売の鉄則になっている。しかし、これだけで未来を創ることはできない。誰かの生活日記調査の中に「これから売れる本」を推しはかるカギが潜んでいるのかもしれない、とワクワクしながら私は本書を読みすすめた。

本書のテーマは「団塊シニアと子育てママ」にある。しかし、その他にも読み応えのある記述がたくさんあった。そのひとつが「東京移民物語」である。地方から東京に出てきてアパートに住んだ若者が、住宅双六を経て郊外に一戸建てを構える。そして、その次の世代が首都圏のジモティとして生活をはじめ、三世代の生活エリアが近接し孫への出費が増え「孫は目の中に入れると案外痛い」状況になっているという。いまの若夫婦の懐事情では、団塊世代の財布がなければ生活が難しいのかもしれない。この次の世代は一体どうなるのだろう。

著者のお二人は、長年マーケティングの実務をされてきただけに、論理的なだけでなく内容がとっても具体的だ。時代を映すヒット商品の名前が、バンバン登場してくる。たとえば、今のママの多くが知っているものとして、「エルゴベビーキャリア」と「イングリッシーナ」という育児用品が出てくる。前者は便利な抱っこひも、後者は安定度抜群のベビーチェアだ。商品知識を仕入れる意味でも、大変勉強になった。