第8回ゲスト:中谷巌さん (前編)
「ピケティが叩かれるのは、強力な富の再分配なしに資本主義が永続できないことを指摘したからです」

島地 勝彦 プロフィール

『21世紀の資本』は資本主義体制批判の書だった?

中谷 ピケティは資本主義も市場主義経済も、予定調和でみんなをハッピーに導くものではなく、格差を拡大させる構造的な仕組みを持っていると書いています。

 ただ、それは経済学の世界では織り込み済みでして、資本主義が格差を拡大しても、民主主義が格差是正システムとして働き、富を再分配することで全体が豊かになり、社会が発展すると考えてきた。しかし、民主主義は必ずしも富の再分配を十分に行えない。ピケティはこのことをデータで示したのです。

島地 理屈としてはわかりますが、どうも釈然としません。戦後の資本主義社会ではみんなが豊かになったではないですか。

中谷 おっしゃる通りです。私がハーバード大学に在籍していた頃、ノーベル経済学賞を受賞したサイモン・クズネッツ教授に教えてもらう機会がありました。クズネッツ教授は資本主義経済が発展すると所得は平等化するという仮説を立て、これをデータを積み重ねて実証しています。

 クズネッツが使ったデータは、第一次世界大戦から第二次世界大戦を経て1970年頃までの数十年間のデータなのです。確かにこの時期は2度の世界大戦や大恐慌があり、富裕層の富がほとんど失われてしまいましたから、平等な社会が実現した時期だったのです。

島地 ピケティの『21世の資本』でおもしろいと思ったのは、18世紀、19世紀までさかのぼっていろんなデータを積み上げているところです。私には経済学の知識はありませんが、バルザックの小説の背景はこういう時代だったんだと、新しい発見がありました。

中谷 この本の価値は、19世紀以降の所得や富のデータを丹念に掘り起こしたところにあります。富裕層の所有していた富が大きく毀損した2つの世界大戦前後という特殊な時期を除けば、フランス革命ぐらいから始まる長いスパンで見ていくと、資本主義経済は、富める者はますます富み、貧しい者はいつになっても貧しいままの歪な社会をつくってきた。そういう流れをデータ的に示したところにピケティの功績があるのです。

島地 なるほど。ピケティは体制批判の立場だったんですね。それが世界的な不況の時代に響いてベストセラーになったわけだ。