名医たちが涙する「忘れられない患者たち」(下) 「彼らに僕は大事なことを教わりました」

人気シリーズ「日本が誇るトップドクターが明かす」
週刊現代 プロフィール

「どんな状況でも、自分のやりたいことはやるんだという考えの方でした。それほど意思の強い人間に会ったのも初めてでしたので、驚きました」

だから、今日も患者のために

治療はうまくいき、10個の腫瘍はすべて消えた。だが、2年後に再発。生命活動を維持する脳幹にまで腫瘍が見つかった。

「再発を彼女に告げると、『いちばん出てほしくないところに出ちゃったね』と笑うんです。治療は難しく、後遺症などのリスクもあると伝えても、『やるしかないでしょう』と。前向きな彼女に引っ張られて、とことん治療を重ねました」

その治療もうまくいったが、完治するわけではない。治っては再発し、また治療……それを繰り返したが、5回目を数える頃には、がんは「星の数ほど」に増えていた。

「もうそろそろ、全脳照射も考えていこうか?」

林医師はそのとき、彼女に告げた。全脳照射は、ピンポイントにがんを照射するのではなく、脳全体に放射線を当てる方法だ。腫瘍の数が多いときはこの手法が取られる。だが、彼女はきっぱりと拒否した。

「それをすると、生活に影響が出るかもしれないんでしょう。自分で考えて生きることができなくなるのは嫌。だから、ガンマナイフで先生ができる範囲で治療してほしい。先生、私の治療でギネスに挑戦してよ」

全脳照射をすると、正常な脳細胞もダメージを受ける恐れがあり、認知機能が低下するリスクが格段に高まる。彼女にとって、それは生きる意味を失うことと同義だった。

「彼 女は乳がんに苦しむ人を支援する活動をしていました。彼女の一人息子も大学に入ったばかりだったので、子供や仕事のためにも最期まで自分のやりたいことを して生きたい、治療してボケるなんてまっぴら御免だとおっしゃっていた。私もその思いに応えたい、と粘りに粘りました」

全9回、トータルで140個の脳腫瘍をガンマナイフで照射した。だが、がんが増殖するスピードに追い付くことはできなかった。脚が麻痺し、脊髄への転移が見つかってからも仕事は続けていたが、最期はホスピスに入り、亡くなった。

「そうだ、林先生のところへ遊びに行かなきゃ」

そう言って、息を引き取ったと後に家族から聞かされる。最期まで彼女は、自分の「やりたいこと」を持ち続けていた。