【沿線革命037】 山手線事故、3時間で運転再開できた!?


阿部等(交通コンサルタント)

社会の鉄道への見方を変えれば、鉄道はもっと活躍できる

さらに、「むしろ、安全を重視し過ぎ、効率性や利便性や経済性を軽視し過ぎです。」と説明する。簡単には理解を得られないことなので、丁寧に説明しよう。

安全を重視し過ぎない=安全を軽視する、ではない。鉄道が安全を第一としなければいけないことは当然である。その上で、安全「唯一」ではいけないというのが私の提案である。

安全でありさえすれば、効率性も利便性も経済性も斟酌しない、お客様の迷惑や社会の混乱も知ったことではない、ではいけないはずだ。

安全は目的ではなく前提条件であり、その上で効率性その他をいかに高めるかに知恵を絞る、それがあるべき姿ではないか。安全だけをひたすら追求したのでは、列車の運行そのものができなくなってしまう。

今回の事例で言えば、京浜東北線南行の復旧を最優先し、復旧と同時に山手線と京浜東北線を併用運転により運転再開すべきだった。

また、事故発生から復旧作業着手まで4時間以上要したことに弁解の余地はない。現場の通常の保守・管理をしている区所と今回の改良工事を担当する区所が異なり、それぞれを指導・管理している部署も異なるという内部事情を私は知っているが、そんな言い訳は通じない。

深く反省し、それこそ再発防止策を徹底的に実行すべきだ。

社会が鉄道に安全ばかりを求めるのでなく、効率性・利便性・経済性も求めるようになり、JR東日本あるいは鉄道業界全体の考え方や体制整備が改められ、今回のようなケースでは事故発生から最大3時間程度で最低限の運転再開をできるようになることを願っている。

それにより、鉄道が社会でもっと活躍できることになる。鉄道の利便性が向上(不便性が低減)し、ひいては住みたい街がもっともっと広がる。

線路が4線あり、2線は列車が運行し2線で作業すると、作業員が列車にひかれる、また重機のブームが列車に衝撃することがあるかも知れない。もちろん、あってはいけない。

安全「唯一」だと、そういった危険を回避するために、全線で列車を止め安全に万全を期すことになる。

安全「第一」の上で効率性・利便性・経済性を追求するなら、列車が運行している脇で安全に作業するためにハード・ソフトの対策を編み出すことに知恵を絞ることになる。

技術力の向上による安全確保は言わずもがな

朝日新聞の4月16日付社説『JR山手線/安全を一から見直せ』(http://www.asahi.com/articles/DA3S11707022.html)に、「驚くのはJR東日本の判断の甘さ」「緊急に手を打つ機会は少なくとも2回あった」「運行開始を遅らせてでもしっかり点検する発想があれば今回の事態は防げた」とあり、その通りである。

また、国鉄が定めた5か条の安全綱領の第1は「安全は輸送業務の最大の使命である」、第5は「疑わしい時は手落ちなく考えて最も安全と認められるみちを採らなければならない」である。今回は、結果として、それに反する行動だった

類似事故例が多数あった、あるいはマニュアルで緊急処置することが定められていたのなら、情状酌量の余地はないが、「過去に地震以外で電化柱が倒れた例はなかった」(JR東日本)ので、情状酌量の余地はある。

ただし、鉄道の未来のためにあえて厳しいことを申し上げよう。

電化柱が傾いているのを見た時、事故の前例はなくとも、このままでは倒れることもあり得ると想像できる技術力を現場の1人1人の従事員、少なくとも技術的なリーダーは身に付けて欲しい。

科学的に事象を見たら、架線から大きな力で引かれており、気温が下がると引かれる力がさらに大きくなると判断できる。電化柱が傾いているのは何らかの理由で抵抗力が小さくなったからだと考え、3月25日の夜に副6-1号の梁を撤去して単独柱としたのが原因だと想像できる技術力を身に付けて欲しい。

また、引留装置を設置する電化柱の固定強度を架線から引かれる力より小さくしてしまう設計をしないよう、設計者やそのチェック者の技術力も向上させなければいけない。

一部のマスコミが「電化柱が傾いているとの情報が本社まで報告されていなかったのが問題」としているが、膨大な設備を持ち、膨大な作業量を毎晩施工しているJR東日本が、このレベルの技術判断まで本社がするのでは仕方ない。

現場の担当者か少なくとも技術的なリーダーが適切な技術力と判断力を持たなければいけない。

一方、技術力と判断力が不十分なまま安全「唯一」を追求すると、何かあったら全て列車を止める、一旦止めたら何から何まで全て確認できるまで一切動かさない、となってしまう。それによる利用者・社会・経営へのマイナスは計り知れない。