2015.04.03

大阪市民の「知る権利」 ~市長は「協定書」を正しく説明せよ~
文/京都大学大学院教授 藤井聡

都構想の「協定書」軽視は、倫理の視点から許されない

以上、当方と佐々木氏のやりとりについては、後は読者の理性的判断にゆだねたいと思いますが、佐々木氏はそれ以外にも様々な議論を展開しておられます。

それらの議論の中には、必ずしも不当とは言えないものも見られますが、著しく「不適当」なものもございました。

その最も著しいものは、次の記述です。

「こうした大きな背景を有する大阪都構想だが、藤井氏の都構想の理解は府と市の事務、財源、職員、財産移管などの振り分け、約束事を書き込んだ『特別区設置協定書』に記述された契約内容を大阪都構想と理解し、それに基づいて全てを説明しようとしている。

この協定書は大都市地域特別区設置法で要求する法律上義務付けられた書類であり、大阪市を廃止した際、府に移管するものと特別区に移管するものを振り分ける法的契約書に止まる。ねらいを含め大都市ビジョンを構想する中での都区制度移行の手段部分を抜き出して語っているに過ぎず、大阪大都市構想の本質からずれている。大きな誤解であり間違いだ。」

要するに、佐々木氏は、次のように論じているのです。

「『都構想』は大きな背景を有するもので、協定書の内容を重視するのは愚かだ。重要なのは、その背景の考え方だ」

筆者もまた、協定書のみならず、その背後のビジョンもまた、もちろん大切だと思います(ちなみに筆者は、協定書「だけ」で「すべて」を説明しようとしたことなど、一度もありません)。しかしながら、この佐々木氏の主張は学術的な倫理の視点から、深刻な問題を孕むものであるように筆者には思えます。

考えてみてください。

協定書が通れば、大阪市民はその協定書に書かれたことに制約を受けつつ設計される行政の仕組みの中で、生きていかなければならないのです。

その大阪市民の立場に立ってみたとき、「協定書なんて、さして意味がない。重要なのは、背景のビジョンだ」と本当に言えるのでしょうか?

もちろん、背景ビジョンは重要です。しかし、生身の人間の暮らしを考えた時、協定書は、極めて重要であることは、自明としかいいようの無いことです。

例えば、家を建てるとき、佐々木氏は、ビジョンを大工さんに言うだけ言って、後は設計図も何も見ず、大工さんの腕前すら頓着せず、「ビジョンが大事だ」「設計図や大工の腕前の様な、個別具体的な話しはどうでもいい」と言ってのけることができるのでしょうか? 当たり前ですが、出来るはずがありません。

具体的にお話しましょう。

例えば佐々木氏は、「特別会計をつくれば大丈夫」、という「一般論」に基づいて「2200億円は流出しない」と断定しています。だから、大阪市民のサービスレベルは劣化しない、という訳です。しかし、協議会資料に書かれた設計図では、下記の様に、特別会計で取り扱うのはその半分だけなのです。
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/19163/00159774/01shiryo01.pdf#page=27

しかも、協議会資料に書かれた設計図では、特別会計を通る財源も、最終的には一般会計に繰り入れられますから、それは佐々木氏がイメージしている「特別会計」とは全く別のものなのです。
http://www.pref.osaka.lg.jp/attach/19163/00159774/01shiryo01.pdf#page=26

これら事実は少々専門的に過ぎるかもしれませんが、これらが意味しているのは、結局は、2200億円の中の少なからずの部分が様々に流用され、その結果として、大阪市民が受ける行政サービスレベルが下がっていくのが決定的だという「事実4」なのです。

つまりこのことはやはり佐々木氏は、ビジョン・一般論を重視するあまり、具体的な設計図の議論を蔑ろにしているのです。

こうした態度をとり続ければ、結局被害を受けるのは、その設計図の中で生きていかなければならない「大阪市民」ではないですか。

これは、「倫理」「道徳」の視点から言って深刻な問題を孕んだ態度なのではないかと、心の底から危惧します。

だからこそ、ビジョンや背景の思想を語ることそれ自身は重要なことではありますが、だからといって、都構想の設計図である「協定書」を軽視、あるいは「無視」するようなことがあってはならないのです。学者であろうが、政治家であろうが、一般の市民であろうが、都構想について論ずるにあたっては、法的に定められた「今の協定書」の内容を、絶対に踏まえなければならないのです。

そもそも、5月17日の大阪市民の投票は、「協定書の是非」をめぐるものです。事実、都構想についての法律の第七条には、大阪市長は、協定書の中身を有権者である市民にしっかりと理解させる「義務」がある、という趣旨が明記されているのです。
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H24/H24HO080.html

読者の皆さん、とりわけ有権者の大阪市の皆さんには、是非、この一点を、つまり、大阪市、あるいは、市長に対して、協定書に関わる具体的事実についての客観的な説明を求め、理解させてもらう権利を持っているのだという一点をご理解いただきたいと思います。したがって、筆者の「7つの事実」の中でも特に協定書に関わる部分については、それが事実である限りにおいて、市長は否定するどころか積極的に説明する義務を負うことになるのです。

この重大な住民投票に際しては、有権者の皆様には、一体どのような「権利」が自身に認められているのかをしっかりご理解いただきますことを、祈念いたしたいと思います。

PS 本稿で論じた「7つの事実」に加えて、それを踏まえた「7つの真実」、さらには、都構想ではない、全く別の代替案である「大大阪構想」を一冊の本にまとめました(⇒  http://amzn.to/1GF42Us )。賛否を問わず、都構想にご関心の方には是非、本書をお目通しいただきたいと思います。

PPS 以上の見解は、筆者個人のものであり、筆者が関わるあらゆる組織の見解との関連はありません。
 

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