いま、シビックテック普及に必要な考え方---地道な対話を通じて「公共」や「コミュニティ」を共通言語にするということ

佐藤 慶一 プロフィール

シビックテックのカギになるコミュニティづくり

東京大学大学院教授・小泉秀樹氏

続く基調講演で「地域を支えるコミュニティの変遷とこれからの姿」を語ったのは、東京大学大学院教授の小泉秀樹氏だ。ITコミュニティからシビックテックの活動に参加する人が増えているなか、改めてコミュニティの変遷を紹介するものだった。

「興味関心が近い人たちの集まり」「商店街の自治体」---会場では前者のことをコミュニティと捉えている人が多かった。だが実は後者がもともとコミュニティと言われていたのだという。「もともとドイツで言われはじめていて、ヨーロッパの農産村にあるような、協力し合い、知らない人がいないのがコミュニティだった」(小泉氏)。日本で深く論じられるようになったのは1960年の後半、高度経済成長期後だ。経済成長を遂げた代償に地域コミュニティが破壊されていったことで、国も住民もコミュニティを考え直すようになった。

また、1995年の阪神・淡路大震災はコミュニティを考えるきっかけとして挙げられる。物理的に多大な被災があったことに加え、NPOやボランティア活動の重要性も示されることとなった。95年は「Microsoft Windows 95」が登場した年でもある。震災に際して困っている人たちの情報がネットの掲示板に投稿され、特定テーマを軸にコミュニティが形成された。

「被災地で暮らしていない人もネットコミュニティに参加したことは、これまでなかった支援のかたち。その後、NPO法ができ、地縁型・テーマ型のコミュニティが生まれるようになった。90年代後半にはコミュニティが多様化し、地域の課題をどのように解決するのかが問われるようになり、現代的なコミュニティデザイン論につながる。東日本大震災もコミュニティの重要性を再認識する出来事となった」(小泉氏

「コミュニティデザイン」という言葉は近年、まちづくりや地域活性の文脈で目にするようになった。だが、1960年代ごろから言われていたことだったという。当時は空間と社会をよりよいものにするための設計の意味合いが強く、建築や社会学、ランドスケープなどの分野で使われていた。その後、ワークショップやコミュニティデザインセンターなどが日本に紹介されるようになり、日本でも徐々に手法が確立されるようになった。

コミュニティデザインではまず、「課題とビジョンの共有」がポイントになる。NPO、行政、PTA、ボランティア、自治会、大学生・・・さまざまな立場の参加者がいるからこそ、コミュニティマネージャーやコミュニティデザイナーといったまとめるポジションが重要になる。強調していたのは「アウトリーチ」という言葉。まちづくりではワークショップや井戸端会議、イベントなどもおこなわれるが、参加しない・できない人もいる。そういった人の意見や考えを反映させるために、出向いて意見を求めることであり、協議とセットでおこなう必要があるのだという。小泉氏はシビックテックへの期待を示しながらも、お金が回る仕組みづくりの重要性に触れるメッセージを投げ、基調講演を締めた。

「新しい公共とシビックテックに期待したい。公共=政府・行政という捉え方ではうまくいかない。戦後は、アメリカ型の社会のようにみんながレールの上を走れば良かったが、いまはモデルがない。市民社会がもっと力を発揮しなければならない。とくに地域金融、寄付控除、投資減税などがうまくまわり、お金が集まることが重要であり、社会的なチャレンジになる」(小泉氏


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