論説「大阪都構想『住民投票』で問われるのは、大阪の大都市の将来についてだ」 ―藤井聡氏の「7つの事実」に反論する― 
【前編】

佐々木 信夫

2.そもそも大都市制度とは何か

もとより筆者は、同教授の個人的な意見について論評し批判しようとする意図はない。そうではなく、200~300万人という巨大都市を、基礎自治体である「市」と位置づけ、5万人の小都市の市長と同様、1人の市長がマネージメントすることがよい結果を生むのか、しかも、一方に知事という府県を預かる司令官が巨大市の司令官である市長と並列的に存在し、バラバラに指揮棒を振り、互いが競い合うような行政を進めた場合、どんな結果を生むのか。

巷間言われている2重行政の弊害や税金の無駄遣いは、こうした仕組みから生まれているのかどうか、その辺をしっかり理解されるよう、まず大都市制度を理解いただくことが先決ではないかと思うのである。

日本には、約100万規模の市に府県行政の仕事を8割ほど移す政令指定都市という制度と、逆に人口規模が800万とか1000万に達する大規模な府県に、その圏域内にある200万、300万といった大きな市の広域的な仕事(上下水、ごみ処理、消防、港湾管理、地下鉄等)と広域政策を府県に移す都という制度(最近は都区制度ともいう)の2系統がある。

ここでその2つのいずれの制度が優れているかを議論する積りはないが、置かれた都市の条件なり、歴史、文化などを踏まえ、いずれを適用した方がうまく行政が展開できるかを述べておく必要がある。政令指定都市がダメな制度で、都制度(都区制度)が絶対的に優れているという主張をしようというものでもない。この二系統の大都市制度は、一定要件を満たせば、日本のどの都市でも使える。要はその都市の規模なり、立ち位置、都市としての中枢性がどのレベルにあるかによって、この2つを使い分ける必要があるということである。

これまでの大阪市は、昭和31年に横浜、名古屋、京都、大阪、神戸の5大市を大都市特例として政令で指定した、政令指定都市の老舗である。それから間もなく60年。この間、100万都市を特例扱いした同制度の適用都市は20市まで増えた。最近、平成の大合併を促進しようと人口70万人まで指定要件を下げたことで、新潟、相模原、静岡、浜松、堺、岡山、熊本といった70~80万都市が指定都市になっている。

大阪府、大阪市があたかも2頭立て馬車、並立する2司令官で、今後とも市民が望む大阪を形成していくことに寄与するというなら、それを継続する判断もあろう。

しかし、270万人にも達する、しかも隣接市町村、隣接県から多くの人々が通勤・通学し昼間人口が倍近くも膨れ上がっている「大都市大阪」が70万~100万都市を想定に制度化されてきた指定都市制度でうまく都市経営ができるだろうか。

産業政策の方向が見えず、市営、民営の地下鉄のつながり、大阪の地盤沈下など、様々な面で深く広い問題を抱えるまでになっている大阪。建築物でも乗り物でも、増築したり、改築したり、修理したりマイナーチェンジして使えるうちはよいが、ある段階ではフルモデルチェンジを決断しなければならない時がくる。

270万都市を1人の公選市長、公選議会でマネージメントしている先進国都市はない。ニューヨークでもロンドンでも民主主義の基礎をなす基礎自治は小さな単位で自治権を有する特別区とし、揺りかごから墓場まで、個性を生かし歴史文化を尊重したまちづくりを公法人の自治体に委ね、住民が参加している。

一方で、都市計画や都市政策、広域行政、対外的な競争戦略は司令塔が1つの広域自治体(呼称は、県であったり、特別市であったり、都市州であったり)に委ねているのが一般的である。これに該当する制度は、日本では現在、東京が使っている都制度(都区制度)しかない。

東日本の大都市東京と西日本の大都市大阪が「都制度(都区制度)」を使うことで、日本を代表する大都市して世界に打って出る姿に賛成しない国民はおそらく少なかろう。国土面積の1%に国民の1割、1都3県という国土面積の3.6%に国民の4分の1が集中している国など、世界のどこにも見当たらない。東京一極集中は、強い大阪をつくれなかったことの裏返しの現象であることに気づくべきである。首都機能の移転、副首都構想も大阪都構想と連動してよい。