宇佐美 このときに「もうやだ」と思っちゃった。こんなにも世間のイメージと一致しない仕事に追われている、自分の人生はなんなんだと。そしてこういうことが積み重なって「官僚という肩書きを捨てて、自分のふんどしだけで働こう」と考えて……。
このあたりは『肩書き捨てたら地獄だった』に詳しく書いたけど、官僚をやめた瞬間、人間関係やら、ありとあらゆるものを失った(笑)。
ただこれは当然の帰結であって。「数百億円規模の仕事を動かした」っていっても、当然ながら自分の力なんて微々たるもの。
大部分は経済産業省という組織のブランドのおかげなわけです。
今となって考えれば、官僚として働きながら、鈴木さんのようにいくつかの顔や世界とか、そういった逃げ道をつくっておけばよかったのかもしれない。
鈴木 私だったら肩書きをいじられたその場を楽しもうとおもっちゃうけれど。「肩書き持ってるけど、実際はこんななの~」とか。肩書きをネタに、一緒にケラケラ笑っちゃう。
だから「大手の広告代理店とかを辞めて、デザイナーとして独立した途端に、だれもつきあってくれなくなった」なんて話されると、深刻な顔をして聞きながら、心の中でおかしくてたまらない(笑)
宇佐美 なぜそんなふうに、世界や顔を複数持とうって思ったの?
鈴木 女として生きていく以上、それぞれの世界や顔が傷つくことは、当然あるわけです。
私の場合、そういったときは深刻に捉えるのではなく、どうしたらこのシチュエーションを面白く料理できるかってつい考えてしまう。そしていざというときにそう考えられるために、世界を複数持っておくことを選んだんです。
こういう考え方はきっと女の方が得意なんだと思う。「仕事の実力が今ひとつだから、誰かに愛されるという選択肢を選ぼう」とか、そういった考え方の転換はよく聞きますよね。
私も記者でいたころを振り返れば、実力がなくとも、社会や企業を動かすエリートたちとはたくさん出会えるわけで。上司から「お前の書く記事はクソだな」とか言われても心の中では「いや、ここは旦那を見つける場所だしー」と逃げてきました(笑)。男はそれが下手だからこそ、いきなり「自殺」とか極端な選択肢を選んでしまうのかもしれませんね。
宇佐美 自分の場合だけど、一つの世界に、って凝り固まっちゃったのは、青春時代を真面目に過ごしすぎていた弊害なのかもしれないなあ。一つのことを真面目にしていればいつか報われる、という価値観。
でも、現実の人生はそうとは限らなくて。真面目にやっても報われないことはあるし、ふざけていることでむしろ報われることもある。なんてことは夜の世界のほうが教えてくれるのかもしれないけれども。
鈴木 もちろん真面目もたまにやるのはいいと思うんです。ただ、基本的にはふざけた道を選ぶほうが、予想できない、それこそドラマのようなベタなトラブルが起きたりするし、人生としては面白い。たとえばキャバクラのお金を持ち逃げする店長とか実際に現れちゃう(笑)。