宮嶋茂樹 第4回
「南極があんなに辛いところだと知っていたら絶対に行かなかったです」

島地 勝彦 プロフィール

シマジ 温度は零下どれぐらいなんですか?

宮嶋 わたしがいたのは夏でしたけど、いちばん低いところで零下60度でした。ただし地下3メートルのところですけど。溶かして飲み水にするための氷を掻き出す現場でした。極地ですから夏は24時間太陽が出っぱなしなんですが、地下3メートルも穴を掘ると太陽光線は届かない。風もない。ただ寒いだけでした。

シマジ 零下60度ってどんな感じなんですか?

宮嶋 感覚的にはマイナス20度も30度も、60度も変わらないです。長いこといるとすぐに凍傷になりますけどね。写真を撮っていると自分の息がかかった部分が結露して、壊れるときはそこから壊れたものでした。いまのカメラは寒さだけで壊れることはありません。フィルムも折れやすくはなるけど、実際には折れたことも切れたこともありませんでした。

そうそう、南極には寒すぎてウイルスもいないし、汚物も臭わないんです。

立木 メシはどうだったの?

宮嶋 最高でしたね。東条会館のシェフ、京都の名門料理店の料理長、海上保安庁のコックなども来ていました。小堺一機さんの親父さんも寿司職人として行っていたんですよね。不思議なことに、料理人は希望者が後を絶たないそうです。

立木 美味いものが食えたのはよかったね。写真を撮らないときは、宮嶋は南極でなにをしていたんだ?

宮嶋 昭和基地は慢性的な労働力不足ですから、毎日課せられた労働があるんです。わたしは車両整備をやらされました。それに1日何時間も取られるんです。ボルトを締めたりオイル交換をしたり大変でした。みんないくつかのタスクを受け持つんですが、料理人だけは例外で、調理と食材の管理だけでした。

ヒノ やっぱりそういう環境では食事が最高の愉しみなんでしょうね。

宮嶋 その通りです。いちばんの愉しみがメシの時間ですね。しかもほとんどみんなで一緒に食べるんです。作業でバラバラになる場合は弁当を持たせてくれました。

立木 隊員は総勢何人くらいいるんだ?

宮嶋 越冬しているのは40人ですが、わたしが行った夏場は200人ぐらいいましたね。夏の最高気温は0度ちょっとですが、ずっと太陽が出ていますから、労働時間の加減がわからなくなってくるんです。

酒は沢山ありましたよ。どんなに寒くても不思議なことにビールからなくなっていくんです。だから最後のほうは、昭和基地で自家製のビールも造ってました。あまりウマイものではなかったですけどね。

おもしろいのはクルマを運転しているときもビールを飲んでいいことです。信号もなければ道交法もありませんから問題ないんです。だから雪上車で移動中にみんなで缶ビールを飲んでいる写真を撮りました。さすがにいまだったら「写真は撮るな」と言われそうですが。