原武史×奥泉光「皇后たちの祈りと神々」

『皇后考』刊行記念特別対談
原武史, 奥泉光

奥泉: もし本当にそうなっていたらすごいことですね。

原: 一つの可能性としてはあったと思います。GHQは信教の自由を認めていましたから。実際、宮中祭祀は廃止されず、戦後は天皇家の私的な一宗教として続いたわけです。もし天皇が改宗したいと言い出したら、GHQも止められなかったんじゃないか。

奥泉: かりにカトリックに改宗したいと考えていたとして、そのこととアマテラス以来の皇祖に対する祈りというのは、やっぱり矛盾しませんか? そこが非常にふしぎに思えるんだけど、主観的には同居できるのかな。

原: 歴代天皇の中には、たとえば称徳天皇のように出家して天皇になった例もあります。アジア太平洋戦争の末期にも、昭和天皇を出家させて裕仁法皇とし、京都の仁和寺に幽閉させる計画がありました。つまり、天皇だから神道を信仰しなければならないという考え方自体が実は間違っているのかもしれない。天皇家の歴史自体が、時代に即応してたくみに変わっていったという側面を持っています。歴代天皇の事績については、宮中三殿で式年祭と呼ばれる祭祀が行われるたびに、歴代天皇に関する講義を受けているので、よく知っていたはずです。

奥泉: なるほど。祭祀はただの儀礼として、その精神的な内実は信仰で充塡するという発想ですね。

天皇制のこれから

原: その流れがひょっとしたら現皇后につながっている可能性もあります。皇后美智子はカトリックの家で育ちました。1959年に結婚するときに、香淳皇后や梨本伊都子らはそろって反対した。だけど、昭和天皇は美智子に期待していると言って支持しています。彼女がカトリックの家で育ったことをむしろ好ましいと考えていたのかもしれない。

そうすると、カトリックの信仰を持ちつつ、宮中祭祀もきちんと行うということが、実際に今やられている可能性が高いんです。

奥泉: 宮中祭祀というのは、現在も変わらず続けられているんですか?

原: ええ。しかも明治・大正・昭和・平成と四代を比べると、現天皇・皇后ほど熱心な人はいません。二人とももう80歳を超えています。宮中祭祀というのは肉体的にもハードなので、もうやめてもおかしくない。でも、いまの天皇・皇后は自分たちが祈らないと、という気持ちがすごく強いように思います。

奥泉: 最近、大災害が起こるたびに、二人が祈る姿をよく目にします。皇后は一歩引いて天皇の後をついていく印象ですが、本当は彼女の宗教的な個性が大きな意味を持っているのかもしれませんね。

原: そういう意味では、祈りと行幸啓を二本柱にした皇室の存在感は、昭和のとき以上に増している感じがします。『皇后考』の最後に「現皇后こそは最高のカリスマ的権威をもった〈政治家〉である」と書きましたが、しかし同時に、それでは次代はどうなるのかと考えると、とても心もとない。その帰結は近い将来にわかるでしょう。

<了>

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原武史・著『皇后考』
講談社 税別価格:3000円

毎日出版文化賞を受賞した『大正天皇』と司馬遼太郎賞を受賞した『昭和天皇』の著者が、新たなる地平を切り開いたのは【皇后】という視点であった。
悠久なる日本の歴史のなかで、皇后の果たした役目とは何だったのか。皇后の存在を初めて世に問う書物がここに誕生した。
歴代皇后のなかでも大正天皇の妃で、後の貞明皇后が激動の大正、昭和の時代にどのような影響を与えたのかを、豊富な資料と取材、そして「昭和天皇実録」から明らかにした、今一番読まなくてはいけない本である。

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