ダボス会議にようこそ 第3回 妻が体験した「初めてのダボス会議」

齋藤 ウイリアム浩幸

はじめてのダボス会議で気づいたこと

ダボス会議に来てよかった、有意義に過ごせたと思えるのは、会に出席する目的が明確な人かもしれません。

この人とミーティングをしたい、あの人のセッションを聞きたい、名刺交換して自分の持っている問題意識を共有しようと考えられれば、ダボスでの出会いをもっと有効なものにできるのではないでしょうか。日本から参加していたある女性出席者は積極的にメールでアポイントメントを取り、ミーティングをセットして意見交換をしたうえで、ネットワークを築いていました。出会いを一過性のものにするのではなく、しっかり次につなげることは本当に大事ですよね。

いつの間にか「また来年もダボス会議に来たい」と思うほど、私自身貴重な体験をさせてもらいました。ここで得たものを次につなげていけたらと思います。

ウィリアムの目
私がダボス会議に出席するたびに「すごいな」と感じることがあります。
あれだけのステークスホルダーが一堂に会すること。普通、国際会議と言えば、政府だけ、NGOだけ、大学関係者だけ、というように、「それだけ」の集まりばかりです。でもダボスには、政府関係者も、経済界のトップも、研究者もいる。それぞれの世界の最先端で戦っている人たちが同じ場所で空気を吸って、意見交換をするのが、ダボス会議の醍醐味です。これに出席する機会は、お金には代えられません。ただ聴衆として聞いているだけでなく、質問も議論もできるのが本当にすごいところだと思います。
積極的に前に出られないシャイなタイプ、イベント会場の隅っこに立ったままの人は、ダボスは苦手かもしれません。しかし、堂々と自分の意見を言える人にとって得るものは大きいと思います。立場の違う人が垣根を越えて意見をぶつけ合うところにダボス会議の意義があるのだから、ただうなずいているだけではもったいない。
日本人は多くがシャイで、英語が苦手だと感じている人も多いけれど、目的があれば嫌でも積極的になると思う。恥ずかしいと尻込みしたり、必要以上に遠慮する人にはダボス会議のよさはわからないかもしれない。ダボスに来れば、ブロークンイングリッシュでがんばっている人がいくらでもいることがわかります。

辻田(齋藤)眸 プロフィール
コミュニケーション円滑化のためのプラットフォームの提供。その他、経済産業省のIT人材ワーキンググループの委員や情報処理学会会誌編集委員、各種研究会の運営委員など。2010年お茶の水女子大学大学院人間文化研究科数理情報科学専攻博士課程修了(短縮修了)。2006年にIPA「未踏ソフトウェア創造事業」に採択され、「遠距離恋愛支援システム」の開発を行う。日本学術振興会 特別研究員DCとしてヒューマンコンピュータインタラクションの研究に従事、米国ジョージア工科大学客員研究員の後、日本学術振興会 特別研究員PDとして東京大学暦本研究室にて研究に従事。この研究成果「笑わないと開かない冷蔵庫」は、2012年のグッドデザイン賞ベスト100を受賞。出産を機に今後のキャリアについて考え、2013年に株式会社シンクフェーズを設立。
齋藤ウィリアム浩幸
1971年アメリカ・ロサンゼルス生まれ。16歳でカリフォルニア大学リバーサイド校に合格。同大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部を卒業。10代で商用ソフトウェアのプログラミングを始め、大学在学中にI/Oソフトウェアを設立。指紋認証など生体認証暗号システムの開発に成功。1998年「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」(アーンスト・アンド・ヤング、ナスダックおよびUSAトゥデイ主宰)を受賞。2004年会社をマイクロソフト社に売却、日本に拠点を移し、ベンチャー支援のインテカー設立。2012年、日経ビジネス「次代を創る100人」に選ばれる。また同年、国会の東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(NAIIC)では、ITなどのインフラ設備構築で手腕を発揮。国家戦略会議フロンティア分科会「繁栄のフロンティア」委員を務める。現在、内閣府本府参与(科学技術・IT戦略担当)。