「都構想」で大阪はダメになる

文/藤井聡 京都大学大学院教授
「大阪都構想」をめぐる住民投票は5月27日(大阪維新の会の大阪都構想特設サイトより)

年々減少する推計「効果額」、徐々に明らかになる「コスト」

都構想が主張されはじめた当初、都構想が実現すれば二重行政が解消し、年間4000億円の財源が浮いてくる、それが最低ラインだと主張されていた。ところが、大阪府市が取り組んだ13年8月の制度設計案では976億円に激減。『「年4000億円」目標に遠く及ばず』と報道される(日本経済新聞、2013年8月9日)。ただし、その数字の中にも、「二重行政解消」とは無関係の項目(地下鉄の民営化や市独自で実施している市民サービス削減)が含まれている旨も、同じ記事の中で報道されていた。

なぜそんなに大きく減ったのか、しかも、都構想とは関係の薄い項目までなぜ入れた数字が公表されたのか───この点について次のように報道されている。

『「もっとしっかり効果額を積み上げてほしい」。府市関係者によると、橋下市長は先月、都構想の制度設計を担う大都市局の職員らに号令をかけた。橋下市長や松井一郎知事は就任当初、都構想で年間4000億円の財政効果を生み出すとの目標を打ち出したが、構想が具体化すればするほど、思ったような効果が見えてこない。一部の職員らは疑問を感じながらも、市民サービスを廃止・縮小した市政改革プラン(237億円)や、市営地下鉄の民営化(275億円)、ごみ収集の民営化(79億円)などを効果額に加えていったという。』(毎日新聞 2013年08月10日)

つまり、当初主張していた4000億円に近づけ、できるだけその効果が大きく見えるように、『財政効果かき集め』(同記事より引用)たと報道され、そしてその態度について『「まやかし」批判も』(同記事より引用)出たと報道されたという次第である。

そしてさらにその後、府市が算出する効果額も縮小されていく。府市の行政的試算では、当初の実に二十分の一以下にしか過ぎない17年累計で2634億円、つまり単純平均で言うなら、年間平均155億円にまで縮小する(毎日新聞、2014年10月17日)。

ただし、この155億円にも、市営地下鉄の民営化などの「都構想の実現とは関係の無い項目」も加えられており、それらを差し引くと年間約1億円にしか過ぎない、ということも、大阪市役所の試算結果として報告されている(日本経済新聞、2014年10月23日)。これに対して、橋下市長は、「効果額には多様な評価法がある」と発言をされたと報道されているが、「年間たった1億円の効果しか無い」という評価法も多様な方法の中の一つとしてあり得ることは正式には排除されてはいないようである。

この様に、4000億円と言われた効果額が、具体的な計算とそれに対する批判が繰り返される内に徐々に減少し、府市が主張する金額ですら25分の1の155億にまで縮小し、かつ、議会答弁を通してさらにそれが縮小し、最も低いケースでは実に4000分の一の1億円にまで縮小していったのである。

もうこれだけ「都構想による効果額」なるものが激しく変えられるのを目の当たりにすれば、今、「効果があるのかどうか?」という事そのものについても、その信憑性が大きく揺らいでくるのではないかと思われる。

さらに言うなら、年間1億円の財政効果という数字すら、「怪しい」のではないかとも指摘されている。そもそも、都構想に移行すれば、様々な追加コストがかかる。それについては、しばしば初期投資は680億円、ランニングコストの増分は年20億円程度と試算されているが、これらを考えれば黒字どころか「赤字」になるのではないか、とも指摘されている。実際、平成26年10月17日の府議会では、都構想とは必ずしも関係の無い項目を除外し、かつ特別区設置のためのコストの増分を考えれば、年間平均13億円の「赤字」が産み出されてしまう(17年累計で226億円)のではないかとも指摘されている(毎日新聞、2014年10月17日)。

なお、筆者が前回の原稿では、分割と一部事務組合の設置によって、トータルとしての仕事量が増加する事を指摘したが、今の協定書では、それによる人員増は想定されていない。むしろ、削減が想定されている。仕事が増えるのに人が減らされる──そうなればあらゆる行政が遅延したり、それを埋め合わせるために急遽人員を雇ったり等で、さらにコストが膨らんで行くことは明白だ。ところがこうした「コスト増」は必ずしも全て、上記20億円の中に含まれてはいない。

そう考えると、「年間13億円の赤字」よりもさらに大きな赤字が生ずる可能性も懸念される。

こうしたことを考えれば、高橋教授が「長期的にはメリットがデメリットを上回る」という主張は大いなる疑問を抱かざるを得ないのはないかと、筆者は考えている。
ただし、行政の効率化/非効率化を高橋氏と当方の議論は全て文書で残されているものであり、分かりづらい点は是非、繰り返しご覧頂く等を通してご確認願えればと思う。そして最終的には、読者各位のご判断にお任せしたいと思う。いずれにしても、当方と高橋氏との誌面討論が、「都構想」を巡る理性的な住民判断に資することを祈念したい。