68歳、職業「ロッテ打撃投手」裏方の生き様を語る 来る日も来る日も、ただ白球を投げ続けてきた プロ野球特別読み物 

週刊現代 プロフィール

泣く人を何人も見てきた

落合は、最も印象深い選手のひとりです。強烈なプロ魂を持っていた。'85年に2度目の三冠王に輝き、翌'86年のキャンプで、落合は一度もフリー打撃をしなかった。新聞にも批判的に書かれました。落合は当時、トレーニングコーチだった私と走りながら、こう漏らしたことがあります。

「オレ、色々書かれているけど、本当に(練習を)やってないのかな」

落合は守備に時間を割いて下半身を鍛え、投手が投げるブルペンの打席に立って、目を慣らした。まだ調整段階の時期に、巨人とのオープン戦があり、球団側の強い意向で出場はしましたが、一度もバットを振らずにベンチに戻ってきた。

フリー打撃をしない本当の理由を当時の稲尾和久監督だけは本人から聞いていた。素振りでフォームを固めたいのだな、と察知した私は「別に何も心配することはないよ」とオレ流を支持した。結局、落合はその年、3度目の三冠王に輝きました。超一流は、自己が確立されていると痛感しました。

私も落合のような活躍ができればよかったけど、全盛期だったノンプロ時代の投げ方を、けがで一度も取り戻せなかった。引退後、トレーニング理論を学ぶため、当時日本一になったヤクルトが練習していた国立競技場に通い詰め、知り合いのコーチを質問攻めにしたのも、今思えば、現役生活の無念を、少しでも晴らしたかったのかもしれません。

今年は、京大から初めてプロ入りした田中英佑を含め、7人のルーキーを迎え、寮生は13人。毎年、入寮する新人に、必ず話すことがあります。

「好かれなくていいから、嫌われるな」

実力がつけば、自然と監督に好かれる。でも嫌われてしまうと、同じ力量の選手が複数いた場合、使ってもらえない。

礼儀を知らない、目上の人への態度が悪い、言葉遣いがなっていない選手は嫌われる。寮から外出する時、不在を知らせるために、自分の名札をひっくり返すこともルールにしていますが、やらない選手は、結局、試合でサインを見落とす。そのミスで、チームが負けることもある。だから、当たり前のことを当たり前にやれ、と口酸っぱく言っています。

「プロに入った時点で『野球』から『商売』に変わる」

能力を認められて入ってきた以上、相応の努力をして技量を磨き、球団を儲けさせるのが君たちの仕事だ、と言います。

寮は選手から徴収する寮費や、球団からの補助で運営していますが、寮生が契約金を上回るお金を稼ぎ、未来の寮生を養える活躍をしてほしい、と願っているのです。