大坂夏の陣400周年『歴史に埋もれた長宗我部家の盛衰』十七代当主・長宗我部友親氏インタビュー

近衛龍春著『長宗我部 最後の戦い』文庫書下ろし刊行記念

我が家の家系には興味深い人がいまして、それが二代の島五郎左衛門親典です。そのころは長宗我部家改易後に土佐を治めた山内家の家臣となって、「島」姓を名乗っていました。「大坂の陣に参陣し、負傷して土佐に帰ってきたけれども、土佐の領主となった山内家に出頭してその旨を申し出て入牢、赦免されてから山内家に四十三年の長きにわたって勤める。山内家から香典として銀子三枚を頂戴した」という内容が系図の添え書きにある人物です。

──山内家は譜代の家臣を上士、長宗我部旧臣などを下士とした身分差別を徹底したといいます。

長宗我部: 五郎左衛門も出獄したのち、山内家から与えられた職は御歩行(徒士)という軽格でした。山内家からすれば、元領主の血筋の者が下士の身分に甘んじて懸命に仕えている姿を長宗我部の遺臣に見せることが政策的に必要だったのでしょう。

──赦免されたのであれば、他家に仕えるなどの選択肢もあったはずですが……。

長宗我部: そのときの五郎左衛門の心中は「長宗我部の血脈を後世に伝えるために己が人生のすべてを捧げる」という一事に占められていたのではないでしょうか。徳川にも山内にも逆らわない、それが自分の取るべき道と考えた。五郎左衛門の戒名が残されているのですが、「心庵宗無居士」といいます。「心庵」と「無」の間に隠すように長宗我部の「宗」の字を入れています。この戒名を発見したとき、家名存続のためだけに生きた人間の思いが胸に突き刺さるように感じました。

余談ですが、五郎左衛門が入牢したのは元和元年(一六一五)で、このとき二十二歳でした。逆算すると誕生したのは一五九三年で、元親は存命していました(死去したのは一五九九年)。ふと、私の脳裏に五郎左衛門は親房の実子ではなく、元親の子ではないかとの考えがよぎりました。長宗我部の血脈を絶やさないための元親の深謀遠慮のひとつではなかったのか、と。それで、そんな話を作家の山本一力さんとしたことがあって、山本さんは「銀子三枚」(文春文庫『ほかげ橋夕景』所収)という短編を書きあげてくださいました。

五郎左衛門の出生に関しては想像の域を出ないのですが、下士として忍従の日々を送った心情とその裏にある固い決意が、江戸期歴代当主にしっかりと引き継がれていったことは確かだと思われます。

──徳川幕府が崩壊し、長宗我部の姓がようやく復活するのですね。

長宗我部: 幕末から明治維新にかけての当主は十二代の與助重親です。この人が長宗我部家の系図を整理し、島から長宗我部への改姓を果たします。二代島五郎左衛門親典が牢内で心に期した「その日」がついに実現しました。そして與助重親は長宗我部家の遺臣らとともに、秦一族、長宗我部元親親子、そして戸次川の戦いで討死した家臣らを祀る秦神社の創建に尽力しました。

──“血脈を繋ぐ”という点でいえば、盛親を死に追いやった徳川家も、長宗我部家改易の後に藩主となり土佐を治めた山内家も、長宗我部家同様、家は絶えることなく現在も健在です。

長宗我部: そうですね。面白い座談会がありましてね、『週刊朝日』の企画だったんですが、「戦国武将『末裔』座談会」というもので、徳川家十八代当主の徳川恒孝さん、武田家十六代当主の武田邦信さん、真田家十四代当主の真田徹さん、それに私が加わり、四人でお話をさせていただきました。徳川さんとは「苗字が苗字だけに迂闊なことができないんですよね。それが昔からの悩みどころ」「そうそう」なんて意気投合して。ご先祖様はびっくりでしょうね(笑)。

武田家は織田信長に攻められて滅亡しましたが、徳川家は武田家の血筋を繋ぐために「高家」としてちゃんと庇護してきたんだそうです。徳川さんには、長宗我部家も武田家のように高家として存続させればよかったんじゃないか、と仰っていただきました。ただ、盛親は一度ならず二度までも家康に抵抗した、土佐弁で言う“いごっそう”(頑固者)ですから、高家に収まるというつもりはなかったでしょう。

山内家の十九代当主の豊功さんともお話ししたことがあります。もっと土佐の町をよくするために貢献したいと仰っていました。山内家は外の国から土佐に入ってきて上士、下士の身分制度を徹底したため、治世は二百六十年に及んだのについに領民と馴染まなかったといいます。そんな歴史があるからか、山内家の御当主はいまだに土佐人に遠慮される気持ちがおありなのかな、と感じられる口ぶりでした(笑)。今も昔も土佐というのは気質の変わった土地ですからね。  

それから、直接はお目にかかることなく亡くなられてしまったのですが、元親・盛親の時代の家老だった久武親直の末裔にあたる方は、兵庫県宝塚市の市長を務めていらっしゃいました。長宗我部家の縁者の方々の活躍を聞くと、やっぱり嬉しいものです。