二宮清純「江川卓、伝説の奪三振ショー」

二宮 清純 プロフィール

数値では表現しきれないストレート

 さて当時、江川さんの球速はどのくらいだったのでしょう。「大谷(翔平)投手のMAXが162キロなら、それ以上は出ていた」という声も一部にはあります。だが、私はそうは思いません。おそらく実際の球速は140キロ台の後半から150キロ台前半にかけてだったと思います。

 プロに入ってからも、江川さんの球速が150キロを超えることはたまにしかありませんでした。にもかかわらず、未だに「江川こそ最速」という声が少なくないのは、指をしならせるようにして投じる江川さんのストレートには強烈なスピンがかかっており、バッターの目には「ホップする」ように映ったからだと思われます。

 では実際に、ボールはホップするものなのでしょうか。
<回転の強い直球は、重力と(打者から見た)上回転によって生じる揚力との力関係で、球の落ち具合がきまる。上方向の回転力が特に強く、スピードのある剛速球であれば、揚力が重力に勝って、浮き上がる球にもなるだろう>(小岩利夫著『野茂のフォークはなぜ落ちる』日本実業出版社)

 終速が初速より速くなることはありません。しかし、物理の専門家によるとボールがホップすることはあり得るというのです。江川さんが高校時代に投げていたストレートは「重力に勝っていた」のかもしれません。

 以上のことは実際には、どうだったかわかりません。しかし、江川さんが投じるストレートには数値では表現し切れない“何か”がありました。あれから42年目の春がやってきます。