奥田祥子『男性漂流』より【第3回】
~結婚情報サービスを退会して運命の人と出会った津村さん~

奥田 祥子 プロフィール

心通わせて支え合いたい

ここで、津村さんから意外な事実を知らされる。仕事に関することだ。彼は半年前に突如として、子会社への出向を命じられた。肩書は部長職待遇で、昇進したかたちにはなったものの、収入は一割近く減ったらしい。そんな津村さんの苦しみを救ってくれたのが、彼女だった。

「口数は少ないし、『頑張って』とか、ていのいい言葉を掛けてくれるわけじゃないんだ。その代わりずっと傍にいて、ひたすら俺のつらさに寄り添ってくれた。時に背中を優しくさすってくれたり、か細い手でめいっぱい手を握り締めてくれたりして・・・。本当にありがたかった。彼女の支えがあったから、逆に時間に余裕ができてよかった、と思えるようになったんだ」

いつしか、私から、自身の所属部のリストラの苦悩や、独身で母親を介護していくことの不安と孤独を打ち明けていた。すると、津村さんが温かい表情でこう言ってくれた。

「奥田さん、大丈夫だよ。愛し合える相手がきっと現れる。その男性が心の支えになって、仕事も、お母さんのことも、うまくいくと思うよ」

思わず涙が頰を伝ってきた。取材中に涙したのは新人時代、高校野球の地方大会で逆転負けした投手の話を聞いていた時の一度きりだった。私は一人の人間として、彼の言葉に救われた。

津村さんはそれから4ヵ月後の2012年秋、彼女と結婚した。年齢は、50歳5ヵ月。交際から1年余りでのゴールインだった。披露宴は行わず、身内だけのごく小規模な挙式だったと聞いている。彼から届いた入籍を知らせるはがきは、定番の新郎新婦の写真ではなく、晩秋の代々木公園のイチョウ並木と、新緑の高尾山を撮影した2枚の写真をコラージュし、淡い色彩のグラフィックデザインが施されたものだった。

津村さんに最後に会ったのは、2014年9月初旬。代々木公園近くのレストランに現れた彼の半歩後ろには奥さんが控えめにたたずみ、身体を折りたたむように頭を下げてくれた。清楚でおっとりした女性で、今や温厚な中年男性となった津村さんとは想像以上に似合いのカップルだった。

折しも、代々木公園で蚊を介してデング熱感染者が出るというニュースが報道されていた時期。

「何もこの場所を選ばなくてもよかったですのにね」と言ってほんのりと苦笑いする奥さんに、津村さんは無邪気な少年のようにおどけて見せる。いや、この夫婦にとって思い出の公園を見渡せるレストランは大切な場所であるに違いない。そこで今こうして2人に会えていることに束の間心打たれていると、津村さんが神妙な面持ちで話してくれた。

「この人に出会うまで俺は、結婚したい動機が不純だったんだよね。長く仕事も順調だったから、あとは所帯を持っていないことだけが足りていなくて、周りから変な目で見られて男としてのプライドを保てないのが厄介で・・・。

だから、合コンや結婚情報サービスで女性と会っても外面しか見られず、粗探しばかりしていた。妻と付き合うようになって初めて、心を通わせて支え合って生きていきたい、彼女を幸せにしたいから結婚するんだ、と思えるようになったんだ」

そして、「ついでに妻にもちょっと聞いてみたら」と促す。

しばし何を尋ねればいいか迷っていると、奥さんが一言ひと言紡ぎ出すようにこう語った。

「私も・・・周りの独身女性が『婚活』と、堂々と口にして頑張っている姿に触発されて、お見合いパーティーに何度か参加したことはありましたが・・・男女が互いに相手の外見と年収とを秤にかけているようで・・・そんな中にいる自分自身が受け入れられずに自己嫌悪になってしまって、一時期、家に閉じこもっていました。こんなに、私は明るい性格だったのか、人生は楽しいものなのか、と思えるようになったのは主人と心が結ばれてからなんです」

話し終えると、少し照れくさそうに隣の津村さんと目配せする。一段と目を細める津村さんの頰が紅潮しているように見えた。