「そうか、よかった。実はさ・・・今、付き合っている女性がいてね」
「そうなんですか」
「写真教室の生徒なんだけど、ひょんなことから・・・互いに惹かれ合うようになったというか・・・。だから、『婚活』をやめてよかった、と心底思っている。じゃないと、写真にまた打ち込むこともなかっただろうからね。今やっと、それまでとは違う素の自分、そして何よりも、本当に自分に合う女性が分かった気がしているんだ。あっ、ちょっと格好よくまとめ過ぎたかな」
「きっかけは何だったんですか?」
「取り違い」
「・・・・・・」
「代々木公園での撮影会で撮ったものを入れたSDカードを、共用パソコンで確認してから抜き出す時に、俺と彼女が互いのものを間違って持って帰ってしまってね。次に教室のある2週間後までに作品を選んで提出しなければいけなかったから、返すために俺から連絡を取った。
会うまでに、彼女が撮った写真を何度も見返していて、まずは作品に惹かれた。フォーカスも甘いし、構図もいただけなかったけれど、『表情』があったんだ。なぜだかそれを撮影している彼女自身のことが無性に気になりだしてさ。
教え始めてから2、3ヵ月経っていたけれど、彼女は大人しくて、それまでほとんど口を利いたこともなかったのにね。それで、会ったその瞬間にもう惚れていた、って感じで・・・。ほんとにすぐ近くにいたんだなと思う」
彼女は2歳年下の48歳で未婚。美術大学を出た後、グラフィックデザイナーをしている。40歳を過ぎてから独学で始めた写真にのめり込み、一から学び直したいと教室に通うようになったという。教室では今も、講師と生徒の関係は変わらない。
「どちらからアプローチしたんですか?」
「うふっ、奥田さん、そういう捉え方、もうやめようよ」
「どういうことですか?」
「どっちから、とかいうんじゃなくて・・・あえて言うなら、『同時』かな」
「えっ?」
「互いに好きになって、同じように歩み寄ったんだと思う。彼女に聞いたことはないけど、俺はそう信じている」
「そういうことがあるんですね」
「質問される前に答えておくけど、前に俺が女性に求めていた年齢や外見からいくと、彼女には悪いけど、かなり許容範囲を超えているよ。はっ、はっ・・・。でもね。そんなもんは単なる表面的なもので、もっともっと大切なものがあるということを彼女が俺に気づかせてくれたんだ」
前半のジョークを交えたやや軽い調子から一転、後半は表情が引き締まり、心から実感しているのだということが痛いほど伝わってきた。