「きっと焦ったんだ。なんで俺だけうまくいかないのか、って。自信がなかったんだね」
津村さんの口から「自信がない」という言葉を聞いたのは、10年間の取材でこの時が最初で最後だった。だが愚痴や批判はなく、何かから吹っ切れているような感じがした。
「たぶんご存じだと思うんですが、去年公表された『生涯未婚率』、男性の5人に1人が『生涯未婚』というのを、どう感じていますか?」
その途端、彼の表情が険しく変化したのを、私は見逃さなかった。
「文句あっか! って感じかな。はっ、はっ、はっ・・・」
すぐに表情を元に戻して笑いで繕いはしたが、かなり頭にきている、と踏んだ。
「まあ、俺は先月、れっきとした『生涯未婚』男になったわけだけど、大きなお世話だよ! その時点で結婚していないだけで、これからするかもしれないじゃない。国から『お前は一生、結婚できない』って、レッテルを貼られているみたいでさ」
津村さんにとっての前向きな真の転機は、ここから始まる。
「退会してからしばらくは・・・半年ぐらいかな・・・ぼーっとした生活を送っていたんだ。『結婚』という言葉を聞くと余計に鬱屈した気分になるから、テレビや雑誌はできるだけ見ないようにして、本屋も立ち寄らなかったね。まさに職場と自宅の往復。それから少しずつだけど、前に通っていたスポーツジムにまた行き始めたりして、外出できるようになった。
ジムの行き帰りに小さな公園があって、秋なんて木の葉が黄色に染まってとてもきれいなんだ。それを見ていたら、昔カメラに夢中で自然をよく撮ってたなあ、って懐かしくなってさ・・・大学の写真同好会の仲間で、カメラマンをやっている奴に10年ぶりに電話して・・・そこからとんとん拍子、って感じかな」
カメラマンの同級生と交流しているうちに、津村さんは高校、大学と7年間没頭した写真を再開する。作品をその友人が評価してくれ、自身の写真館で週末に開いている初心者向けの写真教室を手伝ってくれないか、と誘いを受けた。月に2回、講師を務めるようになってから、すでに1年以上が経つという。
撮影した作品や写真教室について語る津村さんの目は、氷を含んだように輝いていた。その表情に見入っていると、ふと津村さんが私に質問してきた。
「ところで、奥田さんさ、男のほうはどうなのよ?」
長い間、取材に協力してくれている彼に単刀直入に問われると、言葉を濁すわけにはいかない。
「あっ、率直に言うと・・・モテないんですよ。引かれてしまうというか・・・」
「仕事を頑張ってる女性は苦手、って男は、まだ多いからね。はっ、はっ・・・。でも、いつかは、って思っているんでしょ?」
「ええ・・・互いに尊敬し合えて、苦しみも喜びも分かち合える男性に巡り会えれば、とは思っていますけれど・・・」