「暮らしを見つめ直すきっかけをそっと置いて、小さな循環を生んでいきたい」---「灯台もと暮らし」編集長・佐野知美さんインタビュー

佐藤 慶一 プロフィール
「灯台もと暮らし」編集長・佐野知美さん

「灯台」という言葉に込めた2つの意味

---まず佐野さんがライター・編集者となった理由を聞かせてください。

小さい頃、転校生だったことが影響しているのかもしれません。国内はもちろん、中国に住んでいたこともあったんですが、言語が通じない土地で生活するなかで世界を広げてくれたのは本や雑誌でした。本を読むと人生のヒントが詰まっていて、喋っている言葉よりも書かれている言葉が好きになっていました。読み書きが好きだったこともあり、いつかライターや編集者になれたらと思うようになりましたね。

就活では出版社に落ちてしまい、金融企業に就職しました。仕事はそれなりに楽しかったんですが、やっぱり出版社への憧れが捨てきれず、中途で広告企画の部署に転職。2014年2月からは、外部でライターとしての活動をはじめました。これまでの人生で数少ないブレない軸が「旅」と「文章」の2つでした。その2つの軸でたどり着いた訪日外国人向けメディア「MATCHA」で記事を書きはじめて以降、さまざまなメディアで観光や旅行についての記事を書くようになり、ライターとしての仕事が増えていきました。

---ライターや編集者として活動しはじめて1年経たずで、「灯台もと暮らし」という新メディアを立ち上げました。きっかけはなんだったのでしょうか?

現在、「灯台もと暮らし」を運営する株式会社Waseiのメンバーは、もともと「MATCHA」編集部に在籍していました。2014年秋頃、MATCHAが方向性を変えるタイミングにともない、人員を変えることになったんです。MATCHAでは日本語で記事をつくり、多言語に翻訳するプロセスだったのですが、どうしても翻訳しやすい記事づくりに重点が置かれがちで、書きたいものを書くことがむずかしい部分もありました。

そういうときに、当時MATCHA編集長だったWasei代表の鳥井(鳥井弘文氏)が会社を立ち上げることになり、いいと思うことや好きなことなどが通じている5名が集まることになったんです。特に、好きなものを好きなように書きたい、という思いを共有しています。

---先日出された電子書籍『灯台ができるまで』を読んだのですが、8月に上野公園で「初めての打ち合わせ」をおこなったとありました。8月のときにはまだウェブメディアをやるとは決まってなかったんですよね。

そうですね。8月の打ち合わせの時点では、なにをやるかは決まっていませんでしたが、雑誌をつくりたいとぼんやりと話し合っていました。ただ、ウェブがわたしたち20代と同世代で生まれた手段であり、集まったメンバーの得意分野でもあったことから、まずはウェブメディアからはじめようか、となりました。

---10月の千葉・白浜での合宿ではどんなことを決めていったのですか?

10月の合宿では、なにをやりたいのかということから、メディア名やコンセプトを話し合いました。メンバーみんなが「ほぼ日刊イトイ新聞」を好きなんですが、ほぼ日は新聞で、自分たちがやりたいのは雑誌なのか本なのかと考えていたときに、私が「灯台!」と言ったんですね(笑)。すると、言葉遊びが好きな鳥井が「灯台もと暗し」の「暗し」を「暮らし」に変えられますね、となって・・・(笑)。

偶然にも、そのとき滞在していた「ル・ファーレ白浜」という施設の「ル・ファーレ」がフランス語で灯台という意味だったんです。そういったことから、「灯台」というキーワードが固まりました。合宿後1週間ほど考え、「灯台もと暮らし」に決定しました。

---メディア名にはどんなメッセージがあるのでしょうか?

「灯台」という言葉には、2つの意味を込めています。ひとつは、日常の暮らしにスポットライトを当てたいということ。もうひとつは、新しいもの・ことよりも、すでに知っているもの・ことにも大事なことがあるのではないか、というメッセージです。

---編集長になったのはどのような経緯だったのでしょうか?

10月の合宿が終わってすぐ、鳥井から編集長の打診を受けました。もともと会社を辞めてから世界一周しながらトラベルライターとして活動したいと思っていたんです。でも、根底にある価値観が似ている好きなメンバーといっしょにメディアをやりたいと思い、編集長になりました。メンバーといっても、代表と編集部3名、ライター1名の5名体制なのですが、紙媒体が大好きなメンバーが揃っています。