宇野亞喜良 第4回
「たしかに藤田嗣治は天才だと思います。とにかくデッサン力が抜群なんです」

島地 勝彦 プロフィール

立木 明治以後に西洋画を習得した日本人で、藤田嗣治ほど西洋人に認められた画家は他にいないんじゃないの?

宇野 そうですね。彼はモディリアーニやスーティンといったエコール・ド・パリの面々とも交友がありましたものね。

シマジ 藤田が暮らしていたモンパルナスの裏通りのアパルトマンはいまでも残っているそうですが、当時、藤田の隣の部屋にはリトアニアからきたスーティンが住み、そのまた隣にはイタリアのトスカーナからやってきたモディリアーニがいた。アブサンとコカインをやりながら絵を描いているモディリアーニに、酒も麻薬もやらない藤田は肝をつぶしたようです。おたがい外国人であったこともあって3人はとくに仲がよかった。また3人ともまだ無名で極貧だったのがよかたんでしょうね。

藤田は若いころ、いまの東京芸大で黒田清輝に洋画を習ったんですが、黒田教授は黒を出来るだけ使うなと教えたそうです。藤田は卒業制作で自画像を描くんですが、他の生徒の前で「これは黒を使いすぎた悪い絵の見本です」とこき下ろされているんです。卒業後も文展に何度も出品するんですが、ことごとく落選しました。だからパリに行ったとき、日本から持ってきた画材を叩きつけるように投げ捨てたそうですよ。

ヒノ シマジさんがいつも言っている「今日の異端は明日の正統」は、藤田嗣治にもあてはまりますね。

シマジ この猫はモンパルナスの路地裏で拾ってきて飼っていた猫かもしれないね。藤田は猫と女が大好きだったようです。

立木 そこだけはシマジとよく似ているじゃないか。

シマジ 藤田はこんなことを言っています。

「女とはそのまま猫と同じです。可愛がれば温和しくしているが、可愛がる手を少しでも休めると、引っ掻いてきたりする。ご覧なさい。女にヒゲと尻尾をつければ、そのまま猫になるではありませんか」

宇野 なるほど。でも藤田はパリに着くなり第一次世界大戦に見舞われて大変だったようですね。

シマジ パリ在住の邦人がみな帰国を急ぐなか、彼は親からの送金が滞ったにもかかわらず日本に帰らず、パリにしがみついて独学で画力を磨いていたんですから、見上げたものですよ。

日本にいるときに習ったフランス語はアルザス訛りがひどくて全然通じなかったらしいんですが、フランス人にじかあたりしてだんだん言葉を覚えていくと、今度は艶福家の藤田顔を出してくるんです。彼の器用なところは、女房にふられたような格好にして、新しい女房を娶っているところですね。

宇野 いわゆるコキュ(cocu)役を演じていたんですね。