不安にこたえる「寿命」の研究 それは初めから決まっているんです

自分は何歳まで生きるのだろうか
週刊現代 プロフィール

だがそのとき彼女は、すでに「寿命」を悟っていたのかもしれない。余命宣告から1ヵ月が過ぎた頃、上野氏は妻からこう言葉をかけられた。

「『あなたのお世話を最後までできなくて申し訳なかった』と言われたんです。年上の私のほうが早く死ぬものと、お互い思っていましたから。その翌日くらいから、彼女は眠ったまま目を覚まさなくなった。そして、入院から40日目に息を引き取りました」

余命半年という宣告に遠く届かない、あまりにも短い闘病生活だった。これも、彼女の「寿命」だったのだろう。上野氏は、今では妻の死をこう考えるようにしているという。

 

「肉体は滅びても、死んでいないという感覚で生活しています。今日だって、お線香をあげながら『午後に週刊現代の取材を受けるよ』なんて声をかけている。私の中では、家内は生きているんです。二人で生きてきた楽しい想い出がありますから、今は一人で生活するのがちょっと不便だなと思うくらいですね。

精神的なつながりは、寿命が尽きても続いていると思っています」

寿命というのは肉体が「この世」に存在する時間。寿命を超えると、肉体は亡くなるが「あの世」で生きている──上野氏のように考えれば、大切な人が死を遂げたとしても、気持ちが楽になるのではないだろうか。

健診の帰りに死ぬこともある

たとえ短い寿命だったからといって、それを「悲運だった」と嘆くことはない。

「若い方の死はつらいことですが、本人は自分の人生にすごく満足していることもある。短命だったからといって不幸せだったとは言えないと思うのです」

死ぬまでに決断しておきたいこと20』などの著書がある東邦大学医療センター大森病院(東京都大田区)の緩和ケアセンター長・大津秀一医師は言う。これまで看取ってきた1000人を超える患者の中には、若くして死を遂げた人も数多くいた。その中で、忘れられない男性がいるという。

「腎臓がんの末期で、ホスピスに来られた方でした。当時まだ40歳を過ぎたばかり。両肺にもがんが無数に転移していて、私は彼の余命は2~3ヵ月以内だと直感しました。本人もそのことは分かっていたのですが、入院の間、本当に活き活きと生活されていました。

とにかく人を喜ばせることが好きな楽しい人でした。病棟で週1回行われる音楽会には、ナース姿やアフロヘアなど仮装をして登場し、みんなを笑わせていました。そして笑った人の顔をカメラで撮影して、部屋に貼るんです。あっという間に彼の部屋は笑顔でいっぱいになりました」

余命と思われた3ヵ月が過ぎても、彼は生命力に満ち溢れていた。治療は何もしていなかったが、がんは大きくなっていなかったという。そうして1年以上を生き、母親に見守られながら静かに息を引き取った。大津医師が続ける。