不安にこたえる「寿命」の研究 それは初めから決まっているんです

自分は何歳まで生きるのだろうか
週刊現代 プロフィール

寿命は、医学の力以外に「本人の運命」が関わっているのではないか──2000人以上の死に立ち会ってきた長尾医師は、こうした経験を通じてその思いを強くしたという。

医師にも理解できないような奇跡が現実に起こっている。科学が進歩しても、どうにも説明のしようがない生死の場面に出くわすのは、人には生まれ持った「寿命」があるからと考えると説明がつく。その意味で、この男性は助かるべくして助かったのかもしれない。

 

医師で作家の久坂部羊氏は、患者の命と向き合う中で「医療で寿命を延ばせるとは思わない」という結論に至ったと話す。

「医者になった当初は、できるだけ患者さんの命を延ばすことを目的として治療をしていました。治る病気はそれでいいですが、治らない病気を無理に治そうとすると悲惨な状況になる。そのことを身をもって経験し、だんだんとそう考えるようになってきました。

寿命というものは、そもそも医者にも患者本人にもタッチできないものではないでしょうか。一人ひとりの寿命は、運命的に決まっていて、病気に限らず、事故や災害での突然の死も、本人が生まれ持っているもの。寿命は医療で延ばせるものではなく、『天命』だという気がするんです」

宗教学者の山折哲雄氏(83歳)も、同様の考えをしているという。

「人間の『寿命』とは、自分の力で獲得するものではありません。目に見えないもので、神や天などから賜ったものなのです」

たしかに命の長さが天から与えられた「運命」であるならば、冒頭のように奇跡的な生還を果たすこともあるだろう。逆に、生まれ持った寿命によって、思いがけず人生を終えることもある。

寿命Photo by Hughes Songe / Flickr

元東京都監察医務院長の上野正彦氏(86歳)の妻がそのケースだった。これまで2万人以上の遺体を検視してきた上野氏が「寿命」というものを意識したのは、自身の妻(享年72)を亡くしたときだったという。今から9年前のことだ。

「家内は、亡くなる半年前までいたって元気でした。少し前に受けた健康診断でも異状はなかった。ですが、あるとき『階段を上るのがつらい』と言い出して、大きな病院へ行ったんです。すると、検査の結果、胃がんの末期だと診断されました。もう治療のしようがない、と。私も医者ですが、家内がそんな状態だとは信じられなかった。『ヤブ医者にかかってしまったのだろうか』と思ったほどでした。

余命は、あと半年ということでした。そんな急な宣告を受けたにもかかわらず、家内は涙を見せたり、取り乱したりすることは一度もありませんでした。私のほうが動揺し、現実を受け入れることができなかった」

元区議会議員だった彼女は、入院中も精力的に仕事をこなしていたという。上野氏はその姿を見ながら、妻の死を想像することができなかった。