宇野亞喜良 第3回
「ぼくは中学生のころから親父のアシスタントとして室内装飾の仕事を手伝っていました」

島地 勝彦 プロフィール

ヒノ たしかにシマジさんが日頃から人間関係を大事にしていらっしゃることは認めざるを得ません。ほかにも何かお父さんの思い出はありますか?

シマジ そうそう、親父は短歌が好きでよく新聞に投稿していました。自分の歌が入選するとうれしそうにニヤニヤしていましたね。わたしは散文は大好きですが、俳句も短歌もからっきし才能がありません。

宇野 シマジさんがお父さんからいちばん教わったことってなんだと思いますか?

シマジ 「男に対して絶対に卑怯な真似はするな」ということでしょうか。

立木 女には卑怯な真似をしてもいいと教わったのか?

シマジ さすがにそうは教わらなかったけど、明治生まれの男でしたから、確実に女を一段低く見ていましたね。でもともかくいちばん怖かったのは、なにか悪さをするとすぐにぶん殴られることでした。

宇野 たしかにむかしの親父は怖かったですからね。

ヒノ もう死語でしょうが、「地震・雷・火事・親父」と言われていましたね。

宇野 戦後、男の地位は下がりっぱなしですから、いまでは「地震・雷・火事・女房」でしょうね。

ヒノ シマジさんがお父さんをいちばん怖いと思ったのは何をしたときでしたか?

シマジ 棚の上の箱に入っていた金をちょろまかしていたのがバレたときかな。そのときはぶん殴られはせず、真剣な顔でただ一言、「今度他人の金を盗んだら、お前を殺しておれも死ぬ」と言われました。それ以来他人のお金は1円たりとも盗んだことはありません。道で拾ったお金でもちゃんと交番に届けたものです。

ヒノ お父さんのお金を盗んでなにに使っていたんですか?

シマジ 悪童たちを連れて駄菓子屋に行ってアイスキャンディをご馳走したりしていました。当時の浅薄な考えでは、「親父の金はおれの金」くらいにしか思っていなかったんだろうね。でもあのときは怖かったですよ。なにせ親父は刀を持っていましたから。

ヒノ いまはもう、そこまで気合いの入った親父さんはいないでしょうね。