錦織圭とコーチ(マイケル・チャン)が受けた「人種差別」 よく耐えた、よく乗り越えた 全豪オープン、無念のベスト8

週刊現代 プロフィール

だが、幼少期のコーチやスクール時代のチームメイトなど、チャンの周囲の人間は、誰一人その才能を認めようとはしなかった。

プロ入り後14年間、チャンのコーチを務めてきた兄のカールが振り返る。

「悲しいことだが、アメリカではアジア人に限らず、白人以外はみなある程度の差別を受けるんだ。たとえ才能があっても、それは免れない。弟のマイケルも、『絶対に成功しない』と言われ続けたよ。身長175㎝のアジア系移民の力を信じてくれる者は、一人もいなかった。

でもマイケルは、その偏見を力に変えた。『勝てるわけがない。相手に優っているところなんて一つもない』、そんな周囲の言葉が、元々あったマイケルの闘争心をさらに成長させ、誰よりも強いメンタルを持たせたんだ」

泥臭く勝利にこだわる

そして、チャンが17歳で出場した、'89年の全仏オープン。浅黒い顔をした無名のアジア系選手のプレーに、観客は驚愕した。

縦横無尽にコートを走り回り、どんなボールにも貪欲に喰らいつく。劣勢に立たされても表情を崩さず、ポイントを奪っては雄叫びをあげる—。「アジア系には無理だと決めつけた奴らを見返してみせる」チャンはそんな闘争心をむき出しにして、次々と格上を倒していった。

なかでも、ベスト8をかけて戦った当時の世界ナンバーワン選手、レンドル(米国)との一戦は、いまもテニス史に残る伝説の名勝負となっている。

「強烈なショットで早々に2セットを奪ったレンドルの勝利を誰もが確信しました。振り回され続けたチャンは足がつり、立つのがやっと。休憩のたびに水をがぶ飲みし、バナナにかぶりつく姿に、観客はみんな苦笑していた。なんだアイツは、あれじゃイエローモンキーじゃないか、と……。

しかし、そこからチャンは驚異的な粘りを見せた。超スローボール、意表をつくアンダーサーブと、相手を苛つかせる作戦で徐々にペースを〓み、2セットを連取。最後はレンドルが根比べに敗れ、チャンは勝利した」(スポーツ紙ベテラン記者)

世界ナンバーワンを破った勢いで、チャンは全仏を制覇。17歳3ヵ月でのグランドスラム優勝は、現在も残る史上最年少記録だ。

アジア系には不可能とまで言われた、4大大会制覇を成し遂げたチャン。世界ランキングも、2位まで登りつめた。

だが、チャンのこれほどの活躍でも、テニス界に根強く残るアジア人への蔑視を根底から変えるまでには至らなかったという。

「大会後、チャンのアンダーサーブは、古くからのテニス愛好家の間で批判の対象になりました。『あんな相手を苛立たせる目的のプレーは、紳士のスポーツであるテニスにふさわしくない』というのが彼らの主張です。そしてそのプレースタイルに対しても、ある種バカにするような向きがありました。飛び跳ねるようにボールに飛びつき、コートを駆けまわることから、ついたあだ名は『バッタ』や『ドブネズミ』といったものでした」(前出の記者)