妻とパートナー、ふたりの女性への愛に揺れた、田原総一朗の半生

僕が生涯愛した女性について
小野 美由紀 プロフィール

時を同じくして、田原は初めての結婚をする。相手は3歳歳上の、なんと従姉妹。当時下宿していた伯母の家で同居するうちに惹かれ合い、周囲の反対を押し切って結婚した。

「伯母にしたら、僕は自分の弟の息子でしょう? 弟の息子を下宿させて、面倒みていた。それで僕が自分とこの娘と結婚したら、『結局、娘を押し付ける魂胆だったのか』と親戚中に言われるんじゃないかと思って、それが嫌だったんでしょう。べつに従姉同士だからって反対したわけではないですよ」

「元祖草食系男子」、なのに「元祖AV男優」

TVディレクターとしては猛獣のような印象の田原だが、恋愛とセックスに関しては奥手だった。

小中高と一貫してモテなかった。19歳の時、バイト先の社員旅行で行った温泉旅館で、同席した可愛らしい仲居さんに「一緒にお風呂に入りましょう」と誘われるものの、どうしていいかわからず、湯殿で背中を洗ってもらっただけで、一人で出て来てしまった。

仕事仲間に連れていかれた風俗で「お金を払うから帰らせてくれ」と言って、相手を怒らせたこともある。愛していない女性とセックスする気にならないのだ。当然、結婚するまでは童貞だった。

 

「ときどき講演を頼まれて、バンコクとかジャカルタに行くとね、向こうで接待してくれる。タイでは、いわゆるトルコといって、窓の中にひな壇みたいのがあって、そこに女性たちがずらっと腰掛けていて、そこから選ぶんだけど、僕はただ見て帰ってきた。

ゲイなのか、男がいいかと言われるけどそれもNO。案内した人はがっかりしただろうね。お相伴にあずかりたいと思っていたわけだから。そういう意味じゃあね、僕は非常に話が分からない人間だったんですよ」

しかし、仕事となると人格が変わる。ある時ロケで訪れたアメリカで、マフィアの経営するバーを撮りたいと申し出たところ、店のボスに「お前が、この玉突き台の上で店の女とやったら撮らせてやる」と言われた。

玉突き台のまわりを、あぶない連中がぐるりと囲んでいる。その中で田原は裸になり、黒人の娼婦相手に台の上でセックスした。おかげで撮影は許可され、取材は順調に進んだ。

Image photo by iStock

またある時は、12チャンネルの「日本の花嫁」という番組で、全共闘の元メンバーの結婚式を取材した。列席者の男たちと、花嫁が順番にセックスするという。

皆が裸になるから、田原とカメラマンも服を脱ぐと、花嫁が「あんたがいい。あんたが最初にやらなけりゃ撮影は断る」というので、わかったと言って田原はその場で花嫁を抱いた。その番組では、花嫁を抱く田原の尻が映っている。

「それを見た水道橋博士が、"田原さんが日本で最初のAV男優だ"なんて言ってね。僕自身は、性をテーマにしたことはありません。若い女性やカップルを取材したことはよくあります。もちろん、人間を撮りたいと思ったから。興味がないというより、愛があるときに、性が発生するわけで、愛は人間関係だって思うから。だから性にはそんなに興味がないんですよ」

そんな性格だから、結婚した後も、妻以外の女性と関係を持つことなど、田原は思いもしなかったのだ。 

十条にある、まったく日の射さない4畳半のアパートで結婚生活をスタート。その後転々とし、上野の木造3階建てに引っ越したのだが、その家がまたすごかった。なにしろピサの斜塔のように傾いているのだから。そんな家にも、共に番組を作る仲間たちがたびたび訪れた。

日本テレビのアナウンサー、村上節子もその一人だった。

高嶺の花と雑草の出会い

その頃、仕事に燃えていた田原は、女と言うだけで蝶よ花よとちやほやされている女子アナが気に入らなかった。『二十一世紀』の企画会議でも、女性キャスターの声でナレーションを入れることになったとき、「女はいらない」と下ろしたことがある。

『奥さまこんにちは』の最初の企画会議でも同様だった。メインキャスターは誰かと聞くと、局の女子アナウンサーだというので、田原はまた、下ろせと言った。それが『二十一世紀』で下ろしたのと、同じ女性キャスターだとは気づかずに。

しかし、いざ会議で顔を合わせた時、田原の相手への気持ちは180度逆転する。