宇野亞喜良 第2回
「ぼくらの時代の人たちはみんな悪口を言い合うのが好きだよね」

島地 勝彦 プロフィール

立木 宇野さん、シマジの自信過剰をせっせと矯正しているのはおれなんですよ。もう今東光大僧正もシバレンさんも開高さんもこの世にいないのをいいことに、放っておくとやりたい放題なんですから。最近やっと「おれが、おれが」は少なくなってきたけど。

シマジ そんなことないよ。タッチャンはいつもおれの悪口ばかり言っているね。

立木 「そんなことない」が口癖なんだ。悪口だと思ったら大まちがいだよ。お前のことを思って言っているんだから。

宇野 タッチャンもそういうところがあるけど、ぼくらの時代の人たちはみんな悪口を言い合うのが好きだよね。

この間どこからか「話の特集の特集」という「話の特集」の100号記念増刊号が出てきたんです。そのなかでこれまた悪口好きな編集長の矢崎泰久さんが寺山修司の方言のことをからかうと、タッチャンが「方言のことを言うなら、おれも四国から出てきているけど、それがなんなんだ!」と寺山を援護していたのがとても面白かった。

立木 矢崎という男はホントにどうしようもないのよ。あの当時あれだけの才能が集まって、金も払わないのに雑誌が出来たというのは凄いと思うけど、それは矢崎自身の人徳ではなくて半分は和田誠の尽力だったりしたんですよ。それを肝に銘じていないんだからね。

宇野 「タッチャンとオシノ(篠山紀信)は電話1本でどこへでも来る」と矢崎さんが言うのに食ってかかっていましたね。

シマジ たしかに矢崎さんは作家に原稿料を払わないくせに自分はジャガーを乗り回していました。あそこまでいくと逆に痛快だよね。

立木 いつだったか、あと70万円あれば雑誌が印刷出来るからっていって「タッチャン、お金くれない?」と無心されたんだよ。「小説家からもらったらいいだろ」と返事したら、「小説家は金を出さないんだよ」と言う。小松左京さんとか野坂昭如さんとか、おれよりもずっと稼いでいた人たちがだよ。それでもなんとか出版できたのは不思議だったね。

宇野 あのころ和田誠がアートディレクターでタッチャンはフォトディレクターみたいなことをやっていたんでしょう?

立木 もちろん一銭ももらっていなかったんですけど、スポンサーを探したり、広告用の写真を撮影したりしていました。世の中簡単に金を出してくれないんだなと実感しましたね。金をくれるところで稼がないとやっていけない、でも実際に好きなことができるのは金をくれないところなんですよ。

宇野 それは真実かもね。