目的のために合理的に動く「イスラーム国」。その宣誓布告の対処法とは

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」vol053 文化放送「くにまる・ジャパン」発言録より
佐藤 優 プロフィール
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佐藤: (・・・略)一般には、シャルリーエブドは預言者ムハンマドの風刺画を描いたから襲撃されたと言われていますが、私はまったく関係ないと思っている。こういう報道をするなとか、預言者をからかうなとかいうことは、彼らの要求にないですから。要求になっていないということは、それが問題なのではないんですよ。

襲撃するのは、有名な新聞社だったらどこでもよかったんです。でも、ル・モンドやAFP通信は警備が厳しい。だから、比較的警備が緩い、マンガ系記事を中心とする週刊新聞が標的になったということだと思います。

警官とマスコミを殺すということが目的だった。ついでに、食料品店を襲った。それで、ユダヤ系の食料品店で人殺しをやったわけですよ。こういうことをやることによって、「怖~い」「怖~い」と思わせて、「怖いから、中東のことにはかかわらないほうがいい」という空気をフランスに醸成しようとしているわけですね。

邦丸: 今言われているのは、「表現の自由」に対して、これを絶対に守るんだということですが、実際はそういう問題ではないんだということですか。

佐藤: 関係ないです。表現の自由論から離れないといけないんです。これは仮にイスラームに関して悪いことを一切書かない、一切批判しない、一切言及しないということにしても、彼らはやります。

邦丸: それは関係ないわけですね。

佐藤: 要するに、彼らによる宣戦布告なんですよ。だから今の日本の報道で注意しないといけないのは、ムハンマドの風刺画の掲載は信教の自由とのバランスでどうなるのかという議論ばかりしているのは、まったくピントがずれた議論だということです。私たちが何をやろうと、やるまいと、ヤツらはヤツらのやりたいやり方でやるんです。

ですから、テロとの戦いというのは、テロリストたちに配慮する必要は一切ないのであって、これといかに戦うか、まず、テロリストたちの論理を押さえることです。それを「言論の自由」にしてしまうと、ズレちゃうんです。「言論」は関係ないです。

伊藤: じゃあ、どういう対処方法が? たとえば、日本がそういったテロに遭わないようにするためには、どうしたらいいんですか。

佐藤: まず、テロに遭わないようにするためには、日本からテロの加害者を出さないようにすることです。

伊藤: 日本人の、ということですか。

佐藤: さきほど言いましたとおり、日本にもかつて過激派があれだけいたでしょ。今も潜在的な過激派がいるんですよ。あるいは、人生にはいろいろな問題がありますよね。ボクは偏差値秀才で、難しい入学試験を通って大学に受かったんだけれど、恋愛もうまくいかないし、就職もうまくいかないし、お先真っ暗じゃないか、もう死にたい・・・・・・、しかし、自分で死ぬ勇気はない、だったら、いつかこんな世界を全部変えるために自分が殺されるんだったら、それでもいい──こんな覚悟をしてしまうという人は、日本全体に何人かはいますよ。

邦丸: 何人どころではないでしょうね。

佐藤: そういう人に、「どれどれ、キミ、実はこういう聖なる教えがあって、これに従って殉死したら、天国に行って、何人もの処女にかしずかれて、酒も飲めて、いくらでも楽しい生活ができる、永遠の命が手に入る。この命は限定がある。現地で略奪、殺し、なんでもキミたちのやりたい放題で、そこで獲ったものはキミのものになる。家にも住めるし、女性もいくらでも奴隷にすればいい。どうだ、移住しないか? オレが道筋をつけてやるぞ」なんて吹き込んでいる人がいるわけでしょ。これを野放しにしておいたらダメですよ。・・・(以下略)

佐藤優直伝「インテリジェンスの教室」Vol.053(2015年1月27日号)より