大人気! 松岡修造の「笑われ力」に学ぼう 「打ち上げてごらん、心の花火を」エリート御曹司の言葉にファン急増中

週刊現代 プロフィール

テニスにかける思いは真剣そのものだった。柳川高校時代の恩師、田島幹夫氏が回想する。

「柳川に来たとき、彼はこう言っていました。『自分はテニスを厳しいところでやりたかったし、強くなりたかった。東京にいたら自分の好き勝手なことができるから、ダメになってしまう。それではいけないと思いました』と。もっと上を目指してテニスをやりたいという強い思いがあったのでしょう」

「熱い男」が、柳川高校で目覚めた。

「当時はスパルタ指導でした。東京弁なんて使ったら九州の柳川弁を使えと怒りましたし、寮生活も慣れずに、苦労したと思いますよ。それでも彼は一度も練習を休んだことはなかった。

テレビでは松岡のユニークで面白い面しか見えませんが、実際は目標に到達するためならコツコツ努力を惜しまない。しかもそれを人には見せず、陰で人一倍やっているタイプです」(田島氏)

柳川高校に移った松岡は、高校2年生の時に、高校総体でシングルス、ダブルス、団体戦の三冠を達成、成長は著しかった。トコトンやらないと気が済まないのが松岡の性分である。ついには周囲の猛反対を押し切って、アメリカに渡りプロへ転向した。

〈今日からおまえは富士山だ!〉(本人の言葉より。以下、引用は同)

美しくて険しい富士山を自分に重ねあわせ、モチベーションを高めているという松岡。プロになるなら一切援助はしないから、自力でやれと父に宣告された松岡は貧困にあえぎながらも世界を転戦。着実に力を伸ばし、'95年ウインブルドンで、ついにベスト8という金字塔を打ち立てた。日本の男子テニス界にあって、松岡は教え子である錦織圭選手に先んじて、世界のトップと互角に戦った選手なのである。

だが松岡は、本来の自分は人より消極的で弱い人間だという。

真剣、でも深刻にならない

そんな彼のメンタルを強めるのに一役買ったのは、心身統一法を広めた思想家・中村天風だった。天風に出会ってから、ほぼすべての著書を読み、講演テープも聞いたという。

なかでも強く実践しているのは「絶対積極」というもの。たとえば、病も気から、痛みも気の持ちようで感じなくなるんじゃないかと思った松岡は、歯の治療を麻酔なしでやってみたという。真面目だけどチャーミング。物事を真剣に捉えるが深刻には捉えない。

〈崖っぷち、だーい好き〉

〈失敗したらガッツポーズ〉

これが松岡の生き様の根本なのだ。